憔悴していく横浜流星の名演
そのようにまで思わせてくれるのは、目に涙を浮かべるだけでなく、顔をくしゃくしゃになるまで歪ませ、哀しみを体現する横浜流星の演技力の賜物だ。前半はどこにでもいる普通の青年だったはずなのに、後半にかけて「憔悴しきる」ほどに感情も風貌も変化していく。その様は、従来の彼のイメージにも、はたまた抜群のルックスを活かした過去の善良な役ともかけ離れた、「鬼気迫る」という言葉でも足りないほどの名演だった。
李相日監督によると、横浜流星は『流浪の月』の原作に惚れ込んでおり、幅広い役柄を演じたいという意欲が強く、また端正な面持ちの彼が人間臭く脆さのある亮としてどう膨らむのか興味が沸いたのだという。その演技力を最大限に発揮し作品に刻印できたのは、可能な限り劇中の時系列通りに撮影を進めていく「順撮り」のおかげでもあっただろう。
携帯電話の待ち受けを変えた意図
流浪の月 空手の元世界チャンピオンでもあり、自他とともに認める「硬派」な横浜流星は、女性に甘えるという感覚がなく、そもそも男性は女性に甘えないという考えを持っていたため、広瀬すずとリハーサルを重ねてもなかなか「殻を破れない」日々が続いていたそうだ。しかし、演じている亮という役「らしい」宴会芸を披露して広瀬すずが笑ってくれた日に、その殻を破ったようにスタッフが思えたこともあったという。
横浜流星は、原作を初めに読んだときは、誘拐犯である文目線だと、自身の亮という役を「この男、なんなんだよ」と相容れない感情を抱いていたものの、亮目線で読むと「彼にも悲しい過去があり、だからこそ更紗を愛して守り抜きたいと思っている」と共感もできたという(「Music Voice」より)。李相日監督の言うところの「人間臭く脆さのある」役柄を、彼は原作を読み込むことで自分のものとしたのだろう。
さらに横浜流星は、撮影期間中に携帯電話の待ち受けを広瀬すずにしていたそうだ。その意図は、「それぐらい(恋人の)更紗のことしか考えないようにしようとした」「亮は愛に飢えているから、相手の愛を求めている」「“更紗を守りたい”という一心だけを大事にすればいい」ということだったという(「MANTANWEB」によるインタビューより)。それもまた、恋人への「愛情」という行動原理が根底にあり、それが歪んだ形で表れる役柄には、適切な役作りであったのだろう。