2022年3月21日に青山真治監督が、永眠された。
映画『空に住む』公式サイトより
第53回カンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞し、映画の21世紀を幕開けした『EUREKA』(2001年)を撮った偉大な映画作家の訃報に愕然とした。これで、青山監督の遺作は、『空に住む』(2020年)となってしまった(筆者が映画監督を志していた頃、どれだけ青山監督の影響を受けていたか考えると、もっともっと新作を残してほしかった)。
この折に、『空に住む』を見返すと、全編に流れる澄み切った空気感に、改めて驚く。この作品で、主演の多部未華子の相手役の人気俳優を演じた岩田剛典は、「イケメンと映画」の考察を続ける筆者が最も愛する俳優のひとりである。時空を超えるような生々しい存在感を発揮した岩田について、青山監督が遺された本作に想いを馳せながら、その「奇跡」を綴ってみたい。
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スタア俳優との非日常
叔父の雅博(鶴見辰吾)が所有するタワーマンションの一室に、主人公の直美(多部未華子)が、愛猫ハルとともに引っ越してくるところから映画ははじまる。まるで空の上に住んでいるような、慣れない環境に直美もハルもすこし戸惑うのだけれど、物語は彼らの知らないうちに動き出している。
それは、上階に住む時戸(岩田剛典)と偶然エレベーターで乗り合わせる瞬間からはじまる。初対面の直美をエントランスまで送り届けようとする時戸は、何を考えているのか、よく分からない。空中に浮いたようなこの建物を象徴する不思議な人物、それが時戸だ。
直美は、時戸の顔を見て、ハッとする。毎日、部屋の窓から見えるビルボード広告と同じ若手人気俳優。彼女はさっそく、時戸を特集する雑誌を買って、出版社の同僚たちに時戸の印象について聞いて回ったりする。直美の日常は、郊外にあるこの出版社とタワーマンションの行き来に終始している。しかも通勤電車に揺られる姿が日常の一コマとして描かれたりはせず、エントランスから部屋までを上下するエレベーターの運動ばかり画面に映される。
この上下運動が引き寄せる時戸という人は、夢なのか、現実なのか、ほんとうのところ実在しているのか。ビルボード広告に時戸のビジュアルを見たときには、まだ現実感覚が掴めていたのに、それがいつしか不思議と時間が歪むようにスタア俳優との非日常が、直美の日常を侵蝕していく。
オムライス発言の衝撃
直美と時戸が、その次またすぐにエレベーターで乗り合わせるとき、まだ現実には2回 (しかもエレベーターの中でたぶん、1〜2分)しか会っていないのに、ふたりの間には妙に親密な距離感が生まれている。
直美が視線を合わせないように頭を下げて中に入ると、大きな花束を持った時戸がいて、親しげに話しかけてくる。直美は振り向かずに後ろの声に、それなりに応じながらやり過ごす。時戸が一歩前に出て、抱えていた花束を直美にどさっと渡す。直美は拒否する素振りも見せず、でも時戸のほうへは振り返らずにドアーが開いたエレベーターから「失礼します」と短く言ってそそくさと出ていく。すると、中からぬっと顔を出した時戸が一言。
「オムライス作れる?」
この思わぬ疑問形に対して、ほとんど脊髄反射的についに振り返ってしまった直美は、初めて相手のことをはっきり見つめながら、「作れます」と、やや食い気味に返答する。
いくらスタア俳優だからと言って、たぶんファンか関係者からもらった花束を数回エレベーターで一緒になっただけの近隣住民に押し付け、挙げ句にオムライスが作れるか、なんて聞くだろうか。オムライス発言の衝撃は、相当非現実的な気がして、時戸がいよいよこの世の人に思えなくなってくる。