Aさんのもうひとつの企画は、社会派のテーマの児童文学です。Aさんはこの作品の企画書とともに第5章の試訳を送ってくれました。「なぜ第5章?」と不思議に思いお尋ねすると、「自分が推したいところを翻訳した」とのこと。試訳を用意する場合、通常は冒頭の試訳ですが、作品によっては「もっと後のほうが面白いんだけどな」ということもありますよね。だから、いちばんの読みどころを送るというAさんのアプローチに、なるほどと感心しました。

実は、Aさんはこの作品をフリーの編集者さんに預けて売り込んでいただいていたそうです。その際、編集者さんのリクエストに応じて全編訳したものの、その後ご連絡がなく、どうなったかわからないということでした。

「それは、Aさんとしては編集者さんに怒ってもいい状況なのでは?」と思いました。宮崎伸治さんのインタビューでも話題に取り上げたように、出版翻訳においては、発注者である編集者さんと受注者である翻訳家という立場上、「それはあんまりなのでは?」というケースが出てくることもあります。このケースでも、リクエストに応じて全編訳したのであれば、それに対するフォローが編集者さんからきちんとあってしかるべきでは?

編集者さんも、力を尽くしてくれていたのかもしれません。力が及ばなかったのかもしれません。でも、こういう扱いを受けると、仕事人として以前に、人として消耗してしまうのですよね……。長く生き残っていくためには、人としてきちんと扱われることを求めるとともに、そうしてくれる相手を見極めて選んでいくことも大切になると思います。

Aさんは、編集者さんの伝手はあきらめて自分で動き出そうと考えていたところだったそうです。ただ、また今後どこでご縁があるかもわかりませんので、自分で探し始める旨をお伝えするとともに、その編集者さんがアプローチ済みの出版社を教えていただくことをおすすめしました。

Aさんは早速編集者さんにメールをしましたが、お返事がなく……。別の手段でも問い合わせてみたものの、お返事はなかったそうです。しばらく待ってもご連絡はなかったので、動き出すことにしました。