東京大学大学院教授の宮崎徹先生が研究されている血液中のたんぱく質「AIM」が、猫にとって致命的な病である腎臓病の治療に有効であることがわかり、大きなニュースとなりました。猫の飼い主さんにとっては大変画期的な話であり、興味深い方も多いと思います。

そこでペピイではより多くの猫の飼い主さんに知っていただくべく、「AIM」と「猫の腎臓病治療」を結びつけるきっかけともなった成城こばやし動物病院代表の小林元郎先生(写真左)と宮崎徹先生(写真右)の対談をお届けします。

1.偶然の出会いが生んだ、AIMによる猫の腎臓病治療

小林:昨年夏、先生のご著書「猫が30歳まで生きる日」(時事通信社)が出版されましたが、これは私たち獣医師にとってはもちろん、愛猫の腎臓病に悩む飼い主さんにとっても、まさに待望の書でした。たくさんの人に読んでもらえていることと思います。

宮崎:ありがとうございます。そもそも、この本ができるきっかけをくださったのは小林先生です。先生と出会って猫に腎臓病が多いということを教えていただかなければ、AIMと猫の腎臓病を紐づけて考えることはなかったはずですから、あの日、先生に出会えて本当にラッキーだったと思っています。

小林:本当に人の出会いは不思議ですよね。先生と初めてお目にかかったのは、2013年の4月。ちょうどそのころ私は動物の肥満症の論文を書いていましたので、六本木ヒルズで東大医学部の教授が肥満症の講演をすると知って、何かの参考になるかも…という軽い気持ちで受講することにしました。その教授こそ、宮崎先生だったのです。

猫が30歳まで生きる日~猫の腎臓病に打ち克つたんぱく質「AIM」とは?
(画像=『犬・猫のポータルサイトPEPPY(ペピイ)』より引用)

宮崎:講演自体はビジネスパーソン向けのもので、動脈硬化や肥満、脂肪肝などの生活習慣病でのAIMの治療効果についてお話したのですが、最後にふと思いついて 「そういえば、ネコ科の動物はAIMが先天的に機能しないんですよ」と付け加えました。特に大きな意味があったわけではないのですが、小林先生は、その何気ない一言に耳を止め、講演後に質問にきてくださったんですよね。

小林:ネコ科の動物はAIMが機能しないと聞いて、質問せずにはいられませんでした。猫は加齢とともに肥満することが多いので、AIMが機能しないことと何か関係があるのではないかと思ったのです。そのときにポロっと「なぜか猫には腎臓病もすごく多いんですよ。原因も治療法もわかっていないので、今もたくさんの猫が腎臓病で命を落としています」と言ったところ、先生がすごく興味をもってくださって…。

宮崎:猫に腎臓病が多いことは、そのときに初めて知りました。ちょうどそのころ、AIMと腎臓病の関係についての研究を本格的に始めていて、AIMを持たないノックアウトマウス(※)は腎臓病になると必ず重症化するという実験結果を得ていましたので、「生まれつきAIMが働いていない天然の動物(=猫)の多くが腎臓病になって、重症化する」という事実は「AIMが腎臓病の重症化を抑える」という仮説の強力な裏付けになるのではないか、とひらめいたのです。

その可能性をお話したところ、小林先生もすぐに「ぜひ、やりましょう!なんでも協力しますよ」とおっしゃってくれ、意気投合。そこから猫腎臓病のAIM治療に関する研究がスタートしました。
※ノックアウトマウス:遺伝子操作により特定の遺伝子を欠損させたマウスのこと

2.体内のゴミを「お掃除」してくれるAIM

小林:これまでの猫の腎臓病とAIMに関する研究成果を一般向けに分かりやすくまとめた先生のご著書「猫が30歳まで生きる日」が出版されましたが、一般的にはまだ「AIMって何?」という人の方が多いですよね。先生は約20年前にAIMを発見して研究を続けてこられたわけですが、わかりやすく言うとAIMとはどのような役割を持つ分子なのでしょうか?

宮崎:AIM(Apoptosis Inhibitor of Macrophage)は、もともとはマクロファージ(貪食細胞、不要なものを食べて体内を掃除する役割を持つ細胞)を長生きさせるタンパク質として発見したものですが、その後研究を進めると、そのマクロファージによる体内のゴミ掃除機能を強化する役割を担うたんぱく質だということがわかりました。で、人をはじめ多くの動物の血液中に高い濃度で存在しています。
アルツハイマー病や腎臓病、自己免疫疾患など、一般的に「治らない」とされている病気の多くは、体から出るいろいろなゴミが上手く掃除されず体内に溜まってしまうことが主な原因で起こりますから、ゴミ掃除機能を強化するAIMを上手く活用すれば、これまで「治らない」とされてきた病気の治療法がみつかるかもしれません。

小林:なるほど、こまめに掃除をしてゴミが溜まりにくくしておけば、病気になったり重症化したりすることを防げるだろうという発想ですね。

宮崎:そうです。従来の医学では、「体内のゴミを掃除する」ことよりも、どちらかというと「なぜゴミが出るのか」とか「どうすればゴミを出さないようにできるのか」といった観点での研究に重点がおかれてきました。しかし、生活していればどうしてもゴミは出てしまうのと同じで、人が生きている限りは多かれ少なかれ体内のゴミは発生し続けるわけですから、ゴミを出さない方法を考えるよりも、効率良く掃除する方法を考えた方が「病気になりにくい体」への近道になるはずです。そう信じて、これまで20年以上AIMの可能性を探る研究を続けてきました。
研究の過程で、小林先生に出会い、猫の腎臓病治療にAIMを活かす研究も始めるに至ったというわけです。

もともと人間の腎臓病とAIMの研究には着手していたのですが、人の医療では新たな薬剤や治療法の実用化には長い時間と莫大な費用がかかってしまいます。一方、人よりも成長や腎臓病が進むスピードが速い猫なら、新たな薬剤の効果や安全性を確認する時間がかなり短くて済みます。そこで、まずは猫の腎臓病治療薬から作り、そのうえで人の腎臓病に応用させれば、時間的にも予算的にもかなり節約できると考えたのです。