『昭和元禄落語心中』の衝撃
雲田はるこの人気漫画を原作とした『昭和元禄落語心中』(2018年、NHK総合)の衝撃だ。落語の名人である八代目有楽亭八雲を演じるにあたって、老けメイクを施して寄席に上がる姿は、それまでの岡田には考えられない、まさに名人芸となった。
一枚の座布団に微動だにせず座り、客席を見つめる視線には一瞬の狂いも迷いもない。完璧に八雲になりきってみせた岡田の妖艶さは、背筋がピンとなるような、張り詰めた緊張感があり、寒気がするくらい美しく、魅力的に映った。とてもじゃないが、もう「まー君」なんて軽々しく呼んではいけない、そう思わせる境地に入った紛れもないはまり役だった。
それからというもの、岡田は自分らしさをうまく使いながら、チャーミングな役柄も硬派な役柄も何でも演じられる正真正銘の俳優となる。それでいて、次のはまり役が来るまでは、またじっとタイミングを待つ根性が、ほんとうにフレキシブルで、実直な姿勢なのだ。
岡田将生の「吸血鬼伝説」!?
そんな岡田の次なるチャンス到来は、『ドライブ・マイ・カー』と撮影期間は前後するが、生田斗真主演の『書けないッ!?〜脚本家 吉丸佳佑の筋書きのない生活〜』(2021年、関西テレビ・フジテレビ系)で演じた人気俳優・八神隼人役に、予兆を感じ取ることができる。
八神は、テレビ局の連ドラで主演のドラキュラ教師を演じる。背が高く、肌白で妖艶な岡田とドラキュラは非常に相性がいいと思った。この八神役を思い返しながら、『ドライブ・マイ・カー』のある場面を観てみるとどうだろう。
演劇祭の演出をするために広島に来ている家福悠介(西島秀俊)と、家福の舞台で重要な役柄を演じていた高槻耕史(岡田将生)が、ドライバーのみさき(三浦透子)が運転する車で会話する夜の場面。
「僕は空っぽなんです。僕には何もないんです」と虚ろな表情の高槻が言う。何やらただならぬ殺気みたいなものを感じ取った悠介が思わず見る。高槻が見つめ返し、後部座席で見つめ合う二人。夜の車窓に流れる景色が何とも生々しい。そこから、悠介にとっては妻であり、高槻にとっては憧れの人であった(おそらく関係も持っていた)音のことをそれぞれ語り合う時間が延々続く。
ところが、緊張感が漂う車内で、妻の浮気の話が夫の口から語り出された瞬間だった。高槻の表情は一変し、瞬きをせずにただこちらを見つめてくる。不気味な表情。何やら人間ならざる気配を感じる。そして眼光が鋭く光り出すこの瞬間、彼の耳、鼻、目のどのパーツを見ても、やっぱり吸血鬼だと思った。テレビ局の連ドラの役柄として演じた八神役は、まだほんの序奏に過ぎなかった。
生き血に飢えた闇夜の怪物が岡田の身体を借り、その真紅の唇はいったい何を欲しているのか。どうやら、この夜の車内の会話は、岡田将生の「吸血鬼伝説」として語り継がれるらしかった……。