【プロフィール】
武居ちひろ Chihiro Takei
数々のクライアントから指名を受け、テンナインも絶大な信頼を寄せる英日翻訳者の武居さん。実はテンナインで社内チェッカーとしてキャリアをスタートさせました。「この人に翻訳をお願いしたい!」と思わせる売れっ子翻訳者の秘訣は何なのか。今回の翻訳者インタビューは、翻訳部ディレクター・松本が、旧知の仲の武居さんにフランクな雰囲気でお話を聞いてきました。
【インタビュー記事 Part 2】
松本:チェッカーのお仕事を1年経て、社内翻訳者になられましたよね。その時の心境や決断の理由をお聞かせください。
武居:1年ぐらい経った時に、「私も翻訳がしたい」という欲が出てきて、チェックだけでは物足りなくなってきたんです。テンナインのコーディネーターさんに相談したところ、たまたまある製薬企業が翻訳者を探していたので、トライアルを受けて合格し、社内翻訳者としての仕事が決まりました。
松本:社内翻訳者としての経験はいかがでしたか?
武居:めちゃくちゃ苦労しました(笑) アメリカに本社があるグローバル企業の広報部に所属していたのですが、すごく流れが速かった。夜中に米本社から届いたプレスリリースを午前中に仕上げて社内のレビューにまわしたり、会社に関する大きな報道が日本であればその日のうちに記事を訳して米本社に報告したり、とにかくスピードが求められました。経験や知識がないなどと言い訳できる状況ではなかったですね。
松本:かなり厳しい環境ですね!
武居:自分では速く訳せるほうだと思っていましたが、相手の要望に応えられなければ遅いのと同じなんです。広報の役割として、表現の隅々まで気を配ることも学びました。単語ひとつ、言いまわしひとつで相手に伝わる印象が変わり、会社のイメージや社員の士気を左右することまで学べたのは、広報部だからできた経験かもしれません。広報部長が言葉にとてもこだわりのある方で、社外向けか社内向けかを問わず、不自然な文法や効果的でない表現は徹底的に指摘されました。品質とスピードの両方を求められる厳しい環境でしたが、そのおかげでいまの自分があると思っています。
松本:翻訳者さんにとっては「翻訳=自分の作品」ですから、完璧主義の人が多いと思います。武居さんは「自分の求める品質に必要な時間」と「相手が求める時間」のギャップに対して葛藤はありましたか?
武居:あまりなかったですね。どんなにきつくても、自分が納得していないクオリティーのものを出したことはありません。依頼者全員をクライアントだと思い、その人たちのニーズに合わせて柔軟に動こうと心がけていました。それが社内翻訳者の役目だと思います。私が満足しているかは関係なくて、相手が喜んでくれれば自分もうれしい。そんな気持ちで仕事をしていました。
松本:ビジネスパーソンとしての心得のようですね!
武居:翻訳も通訳も中間にあるものです。こちら側の人からもらったものをあちら側の人に届ける仕事で、相手がいてはじめて成り立つ。あいだに立つ人としての役割はいつも考えていますね。
松本:武居さんは翻訳者として責任感が強く、達観されているように思います。
武居:昔からアートに興味があり、大学でも芸術を学びましたが、表現者として挫折したんです(笑) いろいろ試してみるうちに、何かを表現する人の裏方として、橋渡しをする仕事のほうが向いていると気づきました。自分は主役にならないほうが力を発揮できるんです。
松本:武居さんはそこにプライドをもっていらっしゃる気がします。我々コーディネーターもあいだに入る仕事で、黒子役とよく言われますが、翻訳部のメンバーには「この仕事はゲーム性があって面白いから仕事を楽しめよ」と伝えています。黒子ではあっても自分が主体的に動き、翻訳者さんやクライアントの橋渡し役となって任務を完遂する。この感覚は僕と武居さんで似ているかもしれないですね。黒子だけれど自分ではそうは感じていないという。
武居:そうですね。そういうところはあるかもしれません。
松本:製薬会社での約3年の勤務のあと、スポーツウェア会社で社内翻訳者として働かれましたよね。分野ががらっと変わって抵抗はなかったですか?
武居:最終的には独立を目指していたので、むしろ新しい分野に挑戦したいと思っていました。新しい学びを求めていたタイミングだったんです。
松本:スピード感など、製薬会社と比較してどうでしたか?
武居:あまり急ぎの仕事はありませんでした。とてもオープンな社風で、皆さんのびのびと活躍されていました。いつも緊迫した雰囲気の製薬会社さんとはずいぶん違いました。翻訳の内容もがらりと変わり、クリエイティブな表現を求められることが増えました。有名サッカー選手が出演するビデオ字幕や、商品の限定冊子などを訳させてもらったときはとてもうれしかったですね。