今回は、出版翻訳家のマインドについて考えてみたいと思います。
出版翻訳家は、ありとあらゆるものを翻訳したいと思っていて、常に翻訳のことを考えているもの……でしょうか? もしそれが出版翻訳家なら、こんな連載をしておきながら言うのもなんですが、私は当てはまらないでしょう。翻訳が大好きなわけでもなければ、毎日翻訳をしたいとも思っていません。むしろ、そんな面倒で大変なことは、どなたか得意な方にやっていただきたいと思っているくらいです(笑)
私の場合は、自分が世の中に対して発信したいことがあって、出版翻訳はそのためのひとつの手段だと捉えています。自分の言葉で発信しようと思えば自著を出版したり、講演をしたりすることになります。だけど自分には考えもつかないようなコンテンツを見つけたり、発信したい内容を自分よりもずっとうまく形にしてくれているものに出逢ったりすれば、それを翻訳して世の中に届けたいと思うのです。そういうスタンスだからこそ、持ち込み企画を考えるのでしょう。
自分にとっての出版翻訳がどういう位置づけにあるのか、把握しておくことは大切です。翻訳という行為自体が好きな方なら、内容と自分の興味関心がどの程度重なるかに関わらず、四六時中翻訳していても楽しむことができるでしょう。だけど私のようなタイプがそれをやろうとすると、苦行になってしまいます。自分が有意義だと思う内容を伝えるためならどんな努力も厭いませんが、内容に関心が持てなければ、翻訳するモチベーションがないからです。
これは、どのような形で出版翻訳家という仕事と関わるかという、「第3回 憧れを力に~どんな出版翻訳家になりたいの?」 でお伝えしたことにも通じます。スタンスは人それぞれにあっていいと思うのです。
何でも翻訳したい方ならビジネス翻訳のほうに進んでいるでしょうから、そもそも出版翻訳家を目指している時点で、きっと何らかのこだわりがあるはずです。その自分なりのこだわりを見つけ出しておくことです。文芸作品を深く読み込むことに喜びを覚えるなら、翻訳をしながら研究者として論文や著作を発表するなど、アカデミアでの活動をする選択肢もあるでしょう。翻訳と執筆の双方を手がけることで、自分の表現を磨いていきたい方もいるでしょう。絵や音楽などの自分の表現活動と重ね合わせたい方や、ビジネスの中に位置づけたい方もいるでしょう。どのスタンスが、自分にとっていちばんしっくりくるでしょうか。
私にとっては翻訳も執筆も表現や発信の手段ですが、それ以前に、ものを考える手段でもあります。誰かと会って話すことで考えを深める方もいれば、映画を見ることでものを考える方もいるでしょう。絵を描くことや、もしかしたらスポーツやゲームが、ものを考える手段になっている方もいるかもしれません。感覚的なものを重視する方もいますが、私の場合は文字を通して考えることが大事なことですし、適しているのだと思います。
何もしなくても思索できる方もいるでしょうが、私は翻訳や執筆をしなければ、見事に何も考えないのです(苦笑)。果てしなくぼんやりと生きてしまうのが目に見えているので、自分を鍛える手段として言葉に関わり続けていきたいですし、その中に出版翻訳家としての仕事があります。
自分にとっての出版翻訳の位置づけを考えてみると、今後の方向性が見えてくるかもしれませんね。
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