第150回に引き続き、出版翻訳家の三辺律子さんからお話を伺います。翻訳作品と読者をつなぐBOOKMARKのご活動や、監修のお仕事、今後発売予定の作品などについて伺いました。
寺田:児童文学やYA、絵本を主に手がけていらっしゃる三辺さんにとって、『隠された悲鳴』は珍しい系統の作品かと思います。原書の刊行が2002年、翻訳書の刊行は2019年と、ずいぶん間が空いて刊行されていますが、どういう経緯で手がけられることになったのでしょうか。
三辺:ボツワナに住んでいたNHKの方が原書を読んで、日本に紹介したいと考えたんです。その方はNHKを辞めてから大学で教えていたんですが、原書の話をしたときにたまたまそこで聞いていた人が私の知り合いで、そこから話が来ました。翻訳する価値があるかどうかも含めて意見をもらいたいと頼まれたんです。実際に読んでみたところ面白かったので、「翻訳する価値があると思います」とお伝えしました。私が持ち込みをしたんですけれども、「ボツワナ」というだけで断られてしまい、2~3年は断られ続けていました。結局、そのNHKの方が出版社を見つけてくれて決まったんです。
寺田:そうだったんですね。本書は儀礼殺人をテーマにしていて、題材も衝撃的でしたし、登場するエピソードの数々も「こんなことがあるのか……!」と絶句しました。サスペンスとして読みごたえがあっただけでなく、アフリカの社会や慣習についての学びの多い作品でした。
三辺:アフリカの正の面と負の面、抱えている問題や日本と通じるところが描かれていると思います。たとえば、女の子がお茶汲みをさせられるとか。
寺田:遠い国の話のように思いがちですが、通じるところも多々ありますよね。『隠された悲鳴』は対象読者が大人ですが、翻訳の際に意識されたことや、普段と勝手が違ったことなどはありますか。
三辺:大人向け、子ども向けというのは、実はそんなに意識していないんです。ファンタジーが好きなので、ファンタジーだとどうしても児童書が多くはなるんですが。
寺田:『隠された悲鳴』ではアフリカ、『ダリウスは今日も生きづらい』ではイランなど、さまざまな国が舞台となる作品を手がけていらっしゃるので、文化的背景を理解するのも、調べものをするのも大変なのではと思いますが、どうされていますか。
三辺:ネット検索ですね。ネットがない時代の翻訳家はどうしていたんだろう、と本当にいつも思います。今の時代は間違えると必ず誰かにつっこまれるので、かなり調べます。
寺田:頼りにされているサイトや、よく活用するサイトがあるのでしょうか。
三辺:あまりにもわからないものは作者に直接訊きますが、特に決まったサイトはなくて、その都度調べています。「世の中にはこんなに細かいことを解説してくれている親切な人がいるんだ!」って思うような、詳しい方のサイトがありますよね。そういうものを活用させてもらっています。その方は私がこうして見ているとは思わないでしょうが(笑)。『ダリウスは今日も生きづらい』ではスタートレックが出てきたので大変でした。山のようにサイトがありましたし、マニアもいるので、間違えるわけにいかないですからね。
寺田:細かいところまで、マニアの方はしっかりチェックしていますものね。ところで、BOOKMARKのように、作品と読者をつなぐご活動もされていますよね。『翻訳者による海外文学ブックガイドBOOKMARK』として書籍化されていて、読みたい本を見つけるのに活用させていただいています。
他にも読者の裾野を広げるようなことを考えていらっしゃるんでしょうか。お料理が好きと伺ったので、作品中に登場するお菓子を実際に再現した子ども向けの本とか、そんな企画もあるのではと思ったんですが……。
三辺:いえ、それはないですよ(笑)
寺田:あったら読みたいなと思っているんです……(このインタビューをご覧の編集者さん、ぜひ企画してください!)
三辺:BOOKMARKを若い読者に手に取ってもらいたいんです。学校司書の方たちに配布しているので、そこから間接的に知ってもらえるんですが、本屋さんに行ったら置いてあるようにしたいな、と。置いていただける本屋さんを増やせるように、地道に取り組んでいます。
寺田:届けていくところも大変ですが、そもそもこの冊子をつくるのに、ものすごい労力がかかっていますよね。
三辺:大変ですが、楽しいです。自分が紹介したい、好きな本を選んだり、その本を手がけた翻訳家に紹介文をお願いしたりするのは、すごく楽しいんです。エクセルでのデータ入力とか事務的な部分は苦手なんですけど、98%は楽しいです!
寺田:楽しいからこそ、続いていらっしゃるんですね。さて、監修のお仕事について伺います。『もりにきたのは』では、監修をされていますよね。
三辺:いたばし国際絵本翻訳大賞で審査員をしていて、審査員が受賞作品の監修をすることになっていたんです。それ以外に、『震える叫び』『不気味な叫び』『消えない叫び』という作品で監修をしていますが、これは翻訳学校で教えていたときに生徒に翻訳書を出してほしいという思いから企画したものです。20作品を3冊のシリーズにして刊行した短編集で、生徒たちに分担して訳してもらう形をとりました。監修は大変でしたが、やはり編集者にとっても、実績がない人に任せるのは不安ですよね。だから「訳書があります」と言って提出できるものをつくってほしいと思って企画したんです。
寺田:そうだったんですね。そんなふうにサポートしていただけるのは、生徒さんにとってありがたいことですね。この連載の読者の中には「監修」というサポートがあれば、デビューできる方も多いのではと考えています。三辺さんは大学で教える以外にも、朝日カルチャーセンターで絵本の講座をされていますよね。
三辺:はい。絵本の講座からは、2人の生徒さんがデビューすることができました。
寺田:オンライン講座のようですが、そちらを受講すれば、監修をお願いすることもできるのでしょうか。
三辺:そうですね。講座でお話しすれば、翻訳力だけでなくその方のお人柄もわかりますし、編集者に紹介して大丈夫な方かどうかも、判断ができますので。紹介って、難しいですからね。
寺田:そうですよね。引き受けたお仕事をきちんと仕上げられるかどうか、見極める必要がありますものね。読者の方にとっては、いいチャンスなのではと思います(※講座は現在満席ですが、空きが出れば受講可能ですので、詳しい情報は朝日カルチャーセンターまでお問い合わせください)。
続いて、新刊のお話を伺いたいと思います。『エヴリデイ』は、主人公が毎朝違う人間の体で目覚めるという設定、しかも主人公と同じ16歳ということ以外、性別や性格も、生活環境も何ひとつわからないというものです。ストーリーが面白いだけではなく、カバーイラストにそれぞれの登場人物が描かれていて照らし合わせるのも楽しいですし、装幀家として人気の高い川名潤さんが手がけていて、読者層に届くアプローチをいろいろと試みているんだなと思って拝見しました。この続編が出るんですよね。
三辺:はい、先日ゲラのチェックを終えたところです。続編は『サムデイ』のタイトルで来年に出ます。
寺田:『エヴリデイ』の終わり方が気になっていたので、続編が楽しみです。ゲラといえば、これまでのゲラは膨大な量になるかと思いますが、保存しているんですか。
三辺:いえ、捨てています。原書はとってありますが、ゲラは保存していないですね。
寺田:ゲラでご自分の好きなキャラクターが登場すると「かっこいい!」と書き込みをすると伺ったので、思い入れのあるゲラは捨てられないのではと……(笑)
三辺:書き込んじゃいけないですよね(笑)
寺田:他にも新刊のご紹介をお願いいたします。
三辺:小学館から『マンチキンの夏』が来年2月に出る予定です。夏の演劇祭で『オズの魔法使い』のマンチキンの役をやることになった女の子のお話で、『世界を7で数えたら』や『夜フクロウとドッグフィッシュ』のホリー・ゴールドバーグ・スローンによる作品です。
寺田:最後に、この連載の読者におすすめの作品をご紹介ください。
三辺:『エヴリデイ』は主人公の「A」に性別がないので、工夫して訳しています。同様に主語の「I」にまつわる翻訳を工夫した作品として、『パンツ・プロジェクト』と『嵐にいななく』があります。『パンツ・プロジェクト』の主人公はトランスジェンダーなので、「ぼく」も「わたし」も使えなくて難しかったです。『嵐にいななく』は、ネタバレになるので言えないんですが、最後に驚くような仕掛けがあります。
寺田:読者には、その工夫にも注目しながら楽しんでいただけたらと思います。本日は本当にありがとうございました。
面白そうな方だと思って注目していた三辺さんは、やはりとっても面白い方でした。そして、その奥に本へのあふれる愛情と、人としての清潔感を併せ持った、とっても素敵な方でした。これだけのキャリアがある方でも持ち込みにあたっては入念にご準備をされていることを知り、私もしっかりがんばろうという気持ちにさせていただきました。三辺さん、本当にありがとうございました!
※三辺さんの最新作は『タフィー』『オリシャ戦記 美徳と復讐の子』です。
※新刊『古典の効能』が12月20日に発売になりました。とても美しい本になりましたので、ぜひお手に取ってみてください。
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