嫁入り前はお稽古ばかりしていた
――笑顔でお仕事されて、よいご縁がつながっていったんですね。ご結婚前や、お仕事を始める前はどのように過ごされていましたか。 飯田「結婚前も勤めたことはなかったんです。昔は、お茶、お花、洋裁、和裁、みんな身につけなければお嫁に行けない時代だったので、嫁入り前はお稽古ばかりしていましたね。私は農家の生まれで、自分で言うのもなんですが働き者でしたので、縁談が96個も来ました。その中で野球青年だった夫と出会って結婚したんです。 舅、姑はきびしい人で苦労しましたが、そのぶん鍛えられもしました。なので、誰にも負けない忍耐力は持っています。夫は私が働くことに反対でしたが、姑は賛成してくれたので、彼女の協力もあって仕事をすることができました。夫の目を盗んで働かなくてはならなかったぶん、真剣でしたね」
夫を亡くし、これからは自分の人生を作ろうと決意
――女性が働くことが一般的ではなかった時代は、パートナーさんにもいろいろなお考えがあったのでしょうね。
「神様の手」と呼ばれるふっくらと厚みがある飯田さんの手
「はい。私が外で働くのは心配だったのかもしれません。夫とはよく一緒にゴルフをして、ゴルフのお友だちがいいお客様になってくださったこともありました。夫は68歳で亡くなり……。当時仕事ではあまり悲しみを表に出しませんでしたが、5年間くらい泣きましたね。私にとって夫は、それくらい大切な人でした。それでも5年経ったとき、『これからはもう、自分の人生を作ろう』と思って顔を上げました。 実はそのころ、主人も含めて4人も大切な人を亡くしました。そのとき『まわりで4人も不幸があったら、普通仕事を辞めるよ』と言ってくる人がいて……。『なんでそんなことを言うんだろう?』と思ったけれど、気持ちはぶれませんでしたね。 弱気になったことがなくはありませんが、やっぱりこの仕事は『辞めよう』っていう気にはならないんです。お客様のなかには『あなたに手を握ってもらうと楽になる』とか「あなたの手は神様の手よ」って言ってくださる方もいて、お役に立てるなら……という気持ちが大きいですね。だから、もうちょっと働いて、その時が来たら元気で笑いながら逝きますよ」