まさかこの私が体外受精することになるなんて!
クリニックの方針でタイミング法は三回まで、その後は体外受精にステップアップすることになっていたのだが、引き返すならここかな、と私は思っていた。当時は、体外受精までして子どもが欲しいとは思っていなかったのだ。しかし、夫はちがった。お金のことはしょうがない、リミットもあるし、この際ステップアップしようじゃないか、と。 マジか、と思った。まさかこの私が体外受精することになるなんて! 念のため断っておくが、私の体外受精に対する抵抗感は、八割が金銭面、残りの二割が時間を拘束される煩わしさや身体的負担を憂慮(ゆうりょ)してのことで、倫理的な忌避(きひ)感などはかけらもない。
体外受精 不妊治療 加えて、こんな宙ぶらりんな気持ちで体外受精までしていいんだろうか、という気持ちがどこかにあった。きっとみんな心の底から子どもが欲しくてクリニックに通っているのだろうし、金銭的な余裕がなくてステップアップできない人もいるだろうに、私みたいなどっちつかずの気持ちのまま臨んでいいものだろうか、と。 それでも、「子ども欲しい!」という夫の強い気持ちに押される形で、体外受精にステップアップすることになってしまった。なってしまったとか言っているあたり、いまだに当事者意識が希薄な自分にびっくりするが、実際そうなんだからしょうがない。「まさかこの私が!」という驚きこそ最初のうちはあったけれど、元来割り切ってものを考えるたちだし、自己肯定感も強いほうなので、不妊という事実を単なる事実として受け止め、「女として欠陥品」「私のせいで子どもができない」といったような自己嫌悪に陥ることもなく、切実さも皆無。流産したときだけはさすがに凹んだが、数日で立ち直った。そうして、いまなお、へらへらとしながら通院を続けている。
<文/吉川トリコ> 吉川トリコ 1977年生まれ。2004年「ねむりひめ」で女による女のためのR-18文学賞大賞・読者賞受賞。2021年「流産あるあるすごく言いたい」(『おんなのじかん』収録)で第1回PEPジャーナリズム大賞オピニオン部門受賞。著書に『しゃぼん』(集英社刊)『グッモーエビアン!』『マリー・アントワネットの日記』(Rose/Bleu)『おんなのじかん』(ともに新潮社刊)などがある。
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