浜離宮恩賜庭園の見どころを徹底解説
ぐるっと周れば所要時間は1時間半ほどですが、見どころは豊富。ぶらぶら散策するのもいいですが、浜離宮恩賜庭園には見どころが豊富で、歴史やなり立ちを知ればもっと楽しく見て回れます。
伝統と格式のある大名庭園
江戸時代この地は海沿いの葦原で、徳川家の鷹狩場でした。そこに1654年、4代将軍・家綱の弟の松平綱重が海を埋め立てて別邸を建築。「甲府浜屋敷」と呼ばれていましたが、綱重の子の綱豊(家宣) が6代将軍になった際に将軍家の別邸とされ、「浜御殿」と名前を改めました。
都内最大級の枝ぶりを誇る「三百年の松」
浜離宮は歴代将軍によって造園、改修工事が行なわれ、徳川家第11代将軍・家斉(在任1787~1837年)の時代にほぼ現在の姿に完成しました。
大手門を入った先にある「三百年の松」は、およそ300年前の家宣による庭園大改修の偉業をたたえて植えられたといわれるクロマツ。太い枝が広く低く張り出し堂々とした姿は歴史の重さを感じさせます。
王族や大統領をもてなした「延遼館跡」
明治時代になると皇室の離宮となり、「浜離宮」と呼ばれるように。関東大震災や第二次世界大戦によって、貴重な建造物や樹木が失われましたが、終戦を迎えた1945年に東京都へ下賜。その後整備され翌年の4月に一般向けに有料公開されました。
園内の「延遼館跡」は、明治時代に建てられた政府の迎賓施設である延遼館(えんりょうかん)があった場所です。
延遼館は明治期に、日本近代建築の礎を築いたジョサイア・コンドルによる設計を基に改修されました。アメリカの第18代大統領のユリシーズ・グラント、ハワイ王国のカラカウア国王など、多くの国賓を迎えたことでも知られています。
鹿鳴館が完成するまでは迎賓館として活躍しましたが、老朽化のため1889年に解体。現在は鮮やかな芝生が敷き詰められた庭に姿を変えています。
神武天皇に信頼された英雄「可美真手命像」
神武天皇の東方遠征に従い手柄を立てたと伝えられる、古事記や日本書紀に登場する可美真手命(うましまでのみこと)の銅像。彫刻家の佐野昭作氏による作品と言われ、1894年の明治天皇の銀婚式を祝うために作られたのだそうです。
都内庭園唯一の海水池「潮入の池」
江戸時代から続く庭園としては、都内で唯一の海水の潮入の池を持つ浜離宮。
潮入の池とは、潮の干満で池の水位が上下することで景観に変化が起こるようデザインされたもの。池にはマハゼやボラなどの魚のほか、カニやフジツボなど、海の生き物が生息しています。
横堀水門から園内に引き込まれた海水は、いくつかの橋の下を抜け、奥の大泉水へと至ります。
橋からの景色も楽しみたい「大泉水」
浜離宮恩賜庭園最大の見どころが“大泉水”とも呼ばれる潮入の池。池の中央にある中島と岸を結んでいるのが「お伝い橋」。
お伝い橋を渡った中島には「中島の御茶屋」があり、水面に映える橋と御茶屋の姿には趣があります。江戸時代は海の向こうに房総半島を見渡すことができ、夕涼みや月見の宴に使われたそうです。
大泉水は浜離宮の景観の主役的存在。木造の橋の上や池の周りの遊歩道など、さまざまな角度から庭園の美しさを楽しみましょう。