【ぼくたちの離婚 Vol.21 いつか南の島で #3】
夫婦など親密な関係の間で起きるDV(ドメスティックバイオレンス)のひとつである、「モラルハラスメント」(以下、モラハラ)。言葉や態度で相手を精神的に追い詰めるモラハラは、身体的な暴力のように目に見える被害がない。つまり「被害がある」ことを証明するのが難しい一方で、「被害がない」ことを証明するのも難しいのだ。
第三者の介入によって、そんなモラハラの沼にはまってしまった男性がいる。フリーランスの編集者である小林徹さん(仮名/現在36歳)。小林さんは、父親から暴力を受けたせいで極度の男性恐怖症とソシオパス、そして双極性障害に苦しむ女性・初美さん(35歳)と結婚した(詳しくは前回記事を参照)。小林さんの献身的な努力で初美さんの症状は少しずつ良くなっていったが、初美さんの父親が「実家の近くに住め」と言ってきたことから、やっと掴みかけた幸せな結婚生活が一変してしまう――。
「お願い、警察を呼んで」
初美さんは、父親が自分の人生に介入してくる限り自分の人生の幸せはないと悟る。父親と縁を切る覚悟で、小林さんにも同席してもらって話し合いの場を設けた。
しかし、この話し合いは完全に裏目に出る。
小林さんは初美さんの父親に言った。「初美さんの精神疾患は、お父さんの暴力に端を発するものです。初美さんに何度も連絡するのはやめてほしい」。すると、自分のせいで娘がこうなったとは絶対に認めたくない父親は激怒。恐怖した初美さんは父親に屈してしまう。
「父親に『お前はそんなことを本当に思ってるのか!』と怒鳴られた初美は、『私はそんなこと言ってない。徹くん、ひどい!』と言ってしまったんです」
信じがたい手のひら返し。しかし初美さんの男性恐怖症、特に父親に対する恐怖心は、それほどまでに強かった。双極性障害の初美さんは、何か大きなストレスが引き金になり暴れ出すと、そのときの記憶がなくなる。それと同じようなことが、父親という大きなストレスを引き金にして起こってしまった。
「帰宅後に初美と1、2時間かけてじっくり話し合うと、ようやく『そうだった、そう言えば、この話し合いを望んだのも、徹くんについてきてほしいとお願いしたのも、私の意思だった……』と気づいてくれました」
しかしその日の夜、初美さんの父親は娘を懐柔できると踏んだのか、小林さんが仕事で外出中に初美さんを会食と称して呼び出し、小林さん抜きの親子3人で会ってしまう。
「僕が帰宅したら、既に帰っていた初美はパニック状態でした。最近は落ち着いていたのに、久しぶりに激しく暴れ、今までになく強い力で僕の首を絞(し)めてきたんです」
小林さんは意識がもうろうとし、床に転倒。気がつくと、放心状態の初美さんが小林さんにこう言った。
「お願い、警察を呼んで。私、徹くんにひどいことをしてしまった……」
実家に連れ戻された妻
小林さんは警察を呼び、その晩はいったん落ち着く。しかし警察から初美さんの実家に連絡が行ったらしく、翌朝、初美さんの父親が乗り込んでくる。
「彼は『よくも警察沙汰にしてくれたな』と僕にすごみ、嫌がる初美の腕を引っ張って、強引に連れて行ってしまいました。僕は何度もやめてくれと懇願したんですが、止めることができなくて……」
連れて行かれた先は、関東のZ県にある両親の住まい。つまり初美さんの実家だ。
「初美は8日後に戻りましたが、ひどく憔悴していて、説明も要領を得ない。両親の目を盗んで、命からがら逃げてきたようです。実家での記憶は“ない”と言っていました」
この事件をきっかけに、初美さんの精神状態は急激に悪化していく。夜中にパニックで暴れる日々が戻ってきてしまったのだ。