ラシク・インタビューvol.187
世田谷用賀法律事務所 弁護士 水谷 江利さん
離婚=シングル家庭、ひとり親がスタンダードな日本ですが、離婚しても “ふたり親” で育てる「共同養育」をご存知でしょうか。離婚しても親であることには変わりないため、子どもファーストで考えるなら、両親から愛情をそそがれるのは当然の権利。 ここ数年、離婚件数はゆるやかに減少傾向が続いていますが、とはいえ年間21万件弱が離婚する時代。現状、日本の民法では離婚後の単独親権が定められていますが、養育費の不払いや面会交流の拒否など、子どもの成長へ問題が生じていることなどから、共同親権を求める声が高まっています。2021年1月には、家族法制の見直しも発表されました(※)。
「共同親権」というハードが整うのはまだまだ先のことになりそうですが、「共同養育」というソフトは今からでも始められます。離婚後も共に育てる、これは新しいパートナーシップの形として成立するのでは…?また、そのカタチは円満離婚へと通じるのでは…? 今月はこの「共同養育」について、数回にわたって特集していきたいと思います。まずはハード面、家事事件を多く担当する世田谷用賀法律事務所の水谷江利先生に伺いました。
※養育費不払い解消を諮問へ 法制審、共同親権も議論(日本経済新聞2021年1月15日)
日本の共働き家庭に多い離婚事情=ワンオペ
編集部:水谷先生のところに来られる方はどんな理由で離婚を考えられているのでしょう?
水谷江利弁護士(以下、敬称略。水谷):私どもでお預かりしている案件は、LAXICの読者層でもあるワーキングマザー世代が多いです。夫婦関係の不満において、その背景にあるのはワンオペであることが多いのが事実。そして、女性にも経済力があるので「耐えるだけの理由を失っている」という状態でしょうか。「どのみちワンオペで辛いなら、わざわざケンカする夫と一緒にいなくてもいいのでは?」という発想でご相談に来られる方も多いです。
編集部:ちなみに「共同養育」を見据えてご相談に来られる方は増えていますか?
水谷:「共同養育」でご相談に来られる方は、現状、男性がほとんどですね。「今後の養育として主流になりつつあるからやってみたい」という前向きな方から「元妻が子どもに会わせてくれない」という現実的な問題を抱えた方までさまざまです。
編集部:女性が夫側に会わせたくない理由というのは?
水谷:これまで女性一人で頑張りすぎてきた方は、「今さら何を?」という感情もあるのかも。そこから、子どもについて「どちらのもの」という争いになると、対立が激化することになります。
編集部:ワンオペの罪は根深いですからね。しかし、大前提にある「単独親権」が「どちらかの」という発想につながってしまう気がします。
水谷:単独親権については、歴史的背景やメリットデメリットがありますから、そこは冷静に分析しないといけないですが、基本的に「離婚後はひとり親」という大前提があるので「(相手に)手を出される・とられる」みたいな感覚になるのかもしれません。
「共同親権」は全ての家庭において推奨できるわけではない
編集部:G20を含む24カ国の調査によると共同親権を選べるのが多数派で、「単独親権のみ」なのは日本とトルコとインド…と少数派です。
水谷:共同親権が選べる国の多数派といっても、そのような国においても、全件で共同親権が望めば実現するわけではありません。一方の親にDVや重篤なアルコール中毒の親の場合などは、希望しても共同親権が必ずしも実現するわけではありません。
日本の場合、親権者を決める上では「母親優先の原則」よりも「継続性の原則」が重要だとされています。ここで私が今の法制度上問題だなあと思うのが、夫婦間の「連れ去り別居」が事実上認められてしまっているということ。一度連れて出て、そのあと子を育てた実績があれば、そちらに軍配が上がってしまう傾向がどうしても強くなってしまう。だから連れ去りが起こってしまう、ここが大問題なのです。
編集部:そういう問題点があるのですね…。国際カップルの場合、ハーグ条約*にもあるように連れ去りは誘拐=犯罪ですからね。それもあって、世論的には「共同親権」へ向けての動きが強い?
水谷:この問題を考えると、その方が良いでしょう。連れ去ったら勝ちになるのはおかしいですから。男性側がやる気を無くして養育費を払わなくなり、子どもの将来の選択肢を狭めてしまっては元も子もない。
編集部:本当ですね…。その間に入った子どもは、たまりませんね。でも離婚渦中にいると、当事者たちはそこまで考えられない?
水谷:それはもう、必死になっている二人には、実際には仕方がないこともあります。連れ去りはだめとは言っても、パートナーと一緒にいたら辛い、だからって子どもを放って、自分だけ出るわけにいかない、でもパートナーと話し合う土壌がない、となると、連れて出るしかない、とこうなってしまう。 そうなると、子どもも、やっぱり自分を守る防衛反応が働くので「(自分を保護してくれる人に)ついて行かないと」と、別に無理しているわけではなくて、言うことを聞いて生活するようになりますし、それは自然なことです。別に相手の悪口を聞かされてているわけではなくてもね。
家事事件を担当する中で、「単独親権」や「連れ去り」が問題になることはとっても多くあります。ただ、先ほども言いましたが、だからって、あらゆるファミリーで「共同親権」「共同監護」が推奨できるわけではないです。一方の親に子どもにとって問題があるような場合には、理論だけを推し進めるとなかなか解決せず、苦しむことになるので、そこをしっかり判断しなければならない。「この家庭にとってどちらの方が良いか」を選択できる制度、土壌を作っていくのがいいと思います。
*国際結婚の増加から「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(ハーグ条約)を1980年に作成。日本は2013年に批准。