話戻るけど、前日まで重症妊娠悪阻だと診断されていた人が「ブドウがおいしい」って言ってるのは変なんですよ。すごく重要なシーンです。あんまりちゃんと食べられない状態でも、管理栄養士の人が最適な食事を考えてくれたら、栄養を摂りながら食べることも楽しむことができる。そういう仕事に、私も就きたい。そう決心するシーンです。「これがうちの生きる道」です。
そういうシーンが、重症妊娠悪阻&腎盂腎炎であるという必要以上にセンセーショナルな負担を結さんに課してしまったために、説得力を失っている。明らかな失敗です。すごく、俳優さんたちの演技が無駄になっていると感じる場面でした。
「ギャル」と「ウソ」がセットでまとわりついている
藤原紀香が結さんにギャル雑誌を見せて、と言う場面。
「私も若いころこういうの憧れててん、せやけど勇気なかったわ」という紀香に、結さんは「うちも最初はそうやったんです、けど、福岡でギャルの友達ができてそっからギャルになって」と答えます。
うちも最初はそうやった、というのは完全なウソですよね。糸島の駅前で、「真剣にギャルやってる」と言ったタマッチに対して「真剣にやるって、何をやるんですか。だらだら集まって、どうでもいい話して!」「そりゃ毎日楽しいでしょうね、みんなどうせ、悩みなんてないんやろ!」と言い放ったのを、私たちは忘れていません。「ギャル大嫌い」こそが、最初のころのあなたのアイデンティティでしたよね。それ以外、何も言ってませんでした。今さら「憧れてたけど勇気がなくて」は通りません。
ここなんて、単に「糸島出身である」「糸島といえばサワラ」とだけ言えばいいところなのに、ギャル要素への固執がまた物語の妨げになってしまっている。
どういうつもりなんだろうと思うわけです。過去に自分たちが放送したドラマを、まるで「忘れてください」と言われているように感じるんです。連続ドラマを見ていて、そういう感触はあまり記憶にないところなんです。