襲撃されたユナイテッドヘルスケアと同業のメディカは事件を知り、ミネソタ州ミネトンカにある本社など6つのオフィスを一時閉鎖した。同時に幹部の顔写真や経歴などをホームページから削除した。襲撃者から幹部を守るためだ。

 医療保険業界ではアンセム・ブルークロスを傘下に持つエレバンス・ヘルスとエトナを所有するCVSもホームページから幹部の写真を削除している。

 業界が素早く動いたのは、医療保険についての米国市民の不満が渦巻いていることを自覚しているからだ。

犯行憎むも若者の41%が「容認できる」

 米国では、医者に通って医療保険で診療代を払おうとしても、保険会社が拒否するケースが当たり前のようにある。信用調査会社の調べでは、拒否率はこの3年で約30%も増加しており、保険会社は市民から厳しい視線を向けられている。

 エマーソン大学の調査では、若者の約41%がトンプソン氏暗殺を「容認できる」と答えている。マンジョーネ容疑者は文書で、米国民の寿命は伸びないのに保険会社だけがもうけていることを非難しており、殺人は許せなくても犯行の背景は理解できると多くの市民が考えている。

 「フォーチュン500」に名を連ねる製薬会社が薬価を引き上げたところ、取締役会のメンバーや幹部らに脅迫電話が相次いだことがある。今回の事件の前から、事件を予測できる環境は整っていた。

 暴力という「歪んだ怒り」を感じ取っているのは医療や保険、薬剤業界だけではない。企業幹部やその家族への「標的型攻撃」はこの5年で急増し、株式市場の指標である「S&P500」に上場している企業が役員警備のために使う費用が増加している。2023年は2021年に比べて2倍になった。

「否定的な感情はザッカーバーグ氏に向けられる」

 米国企業の中で最も役員の安全のために費用をかけているのは、フェイスブックなどを運営するメタだ。

 調査会社エクイラーのまとめによると、2023年は2438万ドル(約37億8000万円)を支出している。このうちザッカーバーグ氏個人の警備費用は943万ドル(約14億6200万円)だ。個人的な旅行、複数の住居、家族の警備などをカバーしているという。