試合中のことは記憶があまりにも散らかってほとんど覚えていない。とにかく必死で、痛くて、しんどくて、悔しくて、負けたくなくて、突っ込むしかできなかった。記憶より感覚だけが鮮明だ。

 奈七永さんは、叩いても蹴ってもびくともしなかった。それなのに奈七永さんの一発が私には致命傷のように響く。

 一番落ち着いて見られたのは天井のライトだった。

 何回見たんだろう。

 天井とライトばかりが目に入った。

 もうひとつはサードロープ。

 あとはずっと奈七永さんを見ていた。試合中ずっと思考が体に追いつかない。全部が頭に届く前に起こっていたようだった。

 最後、気がついたらゴングが鳴っていた。私は負けた。

 奈七永さんが手を差し出してくれた。その手を取ることが悔しかった。でも、その手があまりにも大きくて優しくて、気がついたら手を取って抱きついていた。

 これが私のデビュー戦。咲村良子というプロレスラーが生まれた瞬間だ。

(文=咲村良子)

咲村良子マリーゴールド戦記III

 2024年12月26日、ついにグラビアアイドルの咲村良子がプロレスのリングでデビューを果たした。

 聖地・後楽園ホールで、相手は「女子プロレス界の人間国宝」と呼ばれる高橋奈七永だ。

 今大会はプロレス動画配信サービス「WRESTLE UNIVERSE」の公式YouTubeチャンネルにて完全無料の生中継。ということで、白熱した試合の模様は同チャンネルでぜひ確認してほしい。

 とにかく咲村良子の気迫が凄まじかった。

 華やかにリングに舞い降りたかと思えば、奇襲一閃、大先輩に向かって渾身のエルボーを喰らわす。そのままドロップキック。怒涛のラッシュ。

 だが、さすが人間国宝。

 一瞬、面食らったように見せてニヤリと攻勢に出る。シンプルな手刀が、咲村のそれとは違う重々しい音を響かせる。

 咲村は苦悶の表情を隠さない。泣き叫ぶように悶え、必死に堪える。