――「妄想」とは?

堀江 暴漢に馬車が襲われた時、崎山健一郎という当時、日本大学芸術学部で写真を学んでいる学生が沿道から走り出て、スクープ写真を自慢のカメラで撮影したのです。

 後年の崎山の証言によると、「握りこぶし大」というから、かなり大きな石が馬車の側面に投げつけられた瞬間、美智子さまは反射的に皇太子殿下をかばうように体を寄せ、皇太子殿下にいたってはまったく動じず、「にこにこと手を振っているだけでした」(工藤美代子『皇后の真実』幻冬舎)。

――美智子さま、皇室に嫁ぐという意味をすでに体得なさっていて、皇太子時代から上皇さまは本当にどっしりと器が大きくていらっしゃいますね。

堀江 そうですね。しかし、そんなお二人の様子がテレビに映ることもなかったのに、三島は皇太子殿下が、暴漢の青年に対して「恐怖の顔」を見せた、見せているはずだ! と信じこんでしまったのです。

 まぁ、三島が本当に美智子さまとお見合いできたかどうかはさし置いても、彼の中では皇太子殿下は意中の女性・美智子さまを奪った恋敵ということになっているのですね。だから美智子さまの前で、恋敵の皇太子殿下がいつもの爽やかな笑顔を失い、情けない「恐怖」の表情を浮かべて置いてほしいという願望があったのでしょう。

皇太子殿下に抱いていた三島由紀夫の「愛」と「憎しみ」

――三島由紀夫はいつでも「天皇陛下万歳!」というタイプかと思っていましたが……。

堀江 実際の三島は「愛」と「憎しみ」という2つの感情を天皇だけでなく、皇太子さまや美智子さまのお二人にリアルに抱いてしまっていました。というか、三島にとっては、学習院での学生時代から運動神経のなさと、体格・体質の虚弱さが大いなるコンプレックスであったことは間違いありません。『仮面の告白』(新潮社)の中でも散々、書き連ねていますよね。

 しかし、若き日の上皇さまは、ものすごくテニスがお強かった美智子さまとも互角に張り合えるスポーツマンでいらしたし、たいへんに筋肉質なお体をお持ちでしたから……。終生「男らしさ」にこだわった三島にとっては、皇太子殿下は憧れであると同時に、やはり羨ましすぎて嫉妬の対象であり、そこに密かに慕っていた美智子さまを「取られてしまった!」という感覚も手伝って、「愛」が「憎しみ」に反転してしまった気はしますね。後年、三島由紀夫は皇居に突撃し、天皇を暗殺してから切腹自殺したいなどと考えるようになっていたなどともささやかれます。