最近では、SNSでの内部告発が増え、パワハラの実態や、煽りの手口、健康&金銭トラブルにまつわる体験談などが知られるようになってきている。
しかしそれらは「わかりやすい被害」の一部だろう。「家族がマルチにハマった」という当事者たちからは「話も心も通じない家族」に振り回される虚しさや、常に家族を警戒しなくてはいけない生活の心労を聞く。
「マルチ商法をよく知らない人も多いですし、金銭被害以外のつらさや苦労は、他人になかなかわかってもらえません。それも、つらい部分ですね」(ライオさん)
◆生活に侵入してくるアップ会員
そもそも親子といえど、程度の差はあれ、真に理解しあえる関係は少ないだろう。しかしそれでもやはり、マルチ商法がからんだ家庭のあり方は、異質だと思う。
まずはわかりやすく、家族間で勧誘行為があることだ。
一般に保険をはじめとして、ノルマ達成のため家族や知人に契約してもらうのはよくあることだが、マルチ商法では家族の日常に、同社の会員が深く入り込んでくる気味悪さがある。
「アップ(販売組織の上層に位置する会員)」を心酔し、師と崇め、心を奪われる。個人の問題ではなく、そうさせる文化とマニュアルがマルチ商法にはあるからだ。
夢や目標を共有し、ファミリーのごとく親身に熱心に、居心地のよさを提供してくれる(一部の宗教でも似たような風景が展開されていそうだ)。ライオさんの実家の場合は、母がアップであるA夫婦に心酔していた。
◆都合のいい物語を信じる母
「あるころから、AさんがAさんが、と母が話すようになりました」
母は「あなたは小さいころからAさんにかわいがってもらってね」と語るが、ライオさんにAさんとかかわった記憶はまったくない。単にライオさんが覚えていないのではなく、母の中でそういう物語ができ上がっているようなのだ。
「Aさんって誰だろう?と違和感を覚えました。大学に入学したときは、Aさんから僕に大学の入学祝いなどが送られてきました。マルチ会社の、重量感ハンパないキッチンばさみです。Aさんへお礼の手紙を書きなさい、と母から言われましたが……書くのを悩みました」