日比野:デビュー作の『ビューティフルからビューティフルへ』は、よく「サンプリングの文学」と表現されるんですが、それは自分の意志に反していることでもあるんです。

 たとえばクエンティン・タランティーノ監督の映画『パルプ・フィクション』(1994)のことは、誰も最初に「サンプリング映画」とは呼ばないですよね。もちろん「サンプリング文学」と言われるのが絶対にいやだというわけではないけれど、私にとってサンプリングって、自分の表現を落とし込む方法のひとつであるだけで。もともと広く知られている慣用句をねじって文章に入れ込むときのそのねじれがとても魅力的で好きだから文体に取り入れてるだけで、あらゆるサンプリング元もその慣用句と変わらないと思っているので、引用元のことを聞かれたり、話すことが多いのはなんだか本意ではなくて。

 お笑い、音楽、映画、短歌、詩、ラップ、広告コピー……私はいろんなものから影響を受けています。すべて好きなものたちなんですけど、それって自分のなかの一部でしかなくて。やっぱり、私にとってもっとも大きいものは小説なんです。それはちゃんと強調しておきたいですね。

――どんな小説に影響を受けてきましたか。

日比野:5歳くらいのときにロアルド・ダールの『マチルダは小さな大天才』(1988年)を読んで小説が好きになって、中学ではアンドレ・ブルトンの『ナジャ』(1928年)を読み、シュルレアリスムにのめり込みました。そのあとはコルタサルやセリーヌやミラーにハマって、最近では大江健三郎が特に好きです。

――以前、ほかのインタビューで、そういう「圧倒的」な小説を書きたいとおっしゃっていましたよね。

日比野:今のところ、私の考える圧倒的というのは、新しくて、切実で、そこになければならなかったもの。それであれば、面白い小説だと私は思っているから、自分もそういうものを書きたい。だから、もっともっと勉強して成長しないといけないと思います。