手術を受けた森且行は身体中に金属ボルトを埋め込められながらも、復帰のためのリハビリに努める。トレーニングに励む森は、2024年2月に50歳になった。現役を引退してもおかしくない年齢だ。しかし、そこがオートレースの世界の深淵さであり、彼が今なお魅了され続けている由縁だろう。75歳のオートレーサー・篠﨑実が活躍するなど、レーサーとバイクが一体化して競い合うオートレースの沼はとても深い。カメラは森且行を中心に追っているが、森が所属する「川口オート」を中心にしたオートレース界の人間くささが伝わってくるのも本作の魅力だ。
懸命なリハビリは自分のためだけではなかった
TBSスパークル所属の穂坂友紀監督は、3年間にわたって森且行をカメラで追い続けている。TBSの朝の情報番組『あさチャン!』(2014年~21年)の総合演出を務めていた際に、リハビリ中だった森をインタビューしたことが密着取材の始まりだった。
穂坂「朝の情報番組が終わることになり、番組の最後に森且行さんを独占インタビューできるといいねということになったんです。普通に企画書をディレクターが4~5回送っても断られていたので、ダメもとで私が手書きの手紙を送ったんです。怪我をする前に番組MCと対談することが決まっていたので『あの時の約束を果たしていただけませんか』と。すると森さんから電話があり、取材OKになったんです」
この逸話からも、森且行が「約束」をいかに重んじているかが分かる。森が日本選手権で優勝したのも、「SMAP」のメンバーたちと「お互いに日本一になろう」と約束を交わしたからだった。過酷なリハビリに耐えることができたのも、手術に尽力した石井桂輔医師、リハビリを担当した粂田幸祐療法士に対し「絶対に復帰しますから」と約束したからだ。そして、ファンのため、自分のために加え、もう1人、森が復帰しなくてはいけない相手がいた。
穂坂「自分のためだけだったら、あそこまでリハビリに打ち込めなかったんじゃないでしょうか。森さんが大怪我をした際、同じレースで落車した新井恵匠さんに対する誹謗中傷が酷かったんです。落車の責任は新井さんにはないことはオートレースの世界を知っている人間は分かっていましたが、このままでは新井さんがレースに出られなくなってしまうことを森さんは心配し、それもあって絶対に復帰すると決めたんです」