リョウにとっては、どんな形であれ脚本家としてのデビューを果たしておきたいタイミング。しかしそれは、アイドルちゃんにとっても女優としての大切な第一歩でした。不倫劇は企画としてもキャッチーだし、たぶんちゃんとバズるだろうし、プロデューサーの評価も得ることができるでしょう。でも、そんなのは書き手側の都合でしかありません。このアイドルちゃんのキャリアには、全然似合わない。それでも新人女優であるアイドルちゃんは、盲目的に与えられた脚本を演じるしかない。さらに、リョウはこのアイドルちゃんに、消息不明となっている女優志望だった妹・エリ(長濱ねる)の面影も重ねてしまいます。例えばエリの女優デビュー作がドロドロの『裏・遊覧船』だったら……実際に画面に出るのは演者だし、デビュー作はその演者を強く印象付けることになる。その脚本に、人生が乗るわけです。モヤモヤが頂点に達したリョウは、パソコンの前で貧乏ゆすりをするしかありません。
リョウは改めて、自分の本懐である「恋愛じゃない会話劇」として『友情遊覧船』企画を提案します。何も起こらない、ただ何気ない女性2人の会話だけがある企画。当然、主演女優のスケジュールは取れないし企画のインパクトもないしでプロデューサーからは一蹴されますが、アイドルちゃんの古参ヲタだった女性APさん(工藤遥)だけは「この企画こそがアイドルちゃんに相応しい」と熱烈支持。「縦形」「主観映像」にすることでスケジュール問題も解決し、リョウの企画を成立させてみせるのでした。
その会話劇は、実際にリョウとエリがかつて交わしたことのある会話をトレースしたものでした。スピンオフは無事に放送され、そのことをエリにLINEするリョウ。消息を絶ってからずっと既読が付かなかったエリのLINEに、2年ぶりの既読が表示されるのでした。
■訴求対象とエゴと
地上波は全然無理だけど、配信のスピンオフなら書いていいよ、という状況は、駆け出しの脚本家にとってなかなかリアルな設定だったと思います。自由度がある分、リョウの中にはさまざまなエゴが渦巻くことになる。