「私は映画スターになりたかったわけじゃなかと。ちょっとだけ、食堂の朝子じゃない人になりたかっただけ」

 朝子のそんな夢を叶えてくれた鉄平が、たまらなく愛おしく思えます。しかも、朝子が花瓶がわりに使っている古いガラス瓶は、幼い頃に人気時代劇『鞍馬天狗』の格好をした鉄平が届けてくれたものであることも明かされました。朝子は花が好きなのではなく、花を挿すためのガラス瓶が大切だったのです。美しく咲く花よりも、花を生かす器に魅了されているところも、「下町の太陽」である朝子らしさを感じさせます。

 幸せはあまり身近すぎると、気づきにくいものです。中ノ島に来た鉄平と朝子は、夕暮れ時の軍艦島を少し離れた距離感で眺めることになります。プライベートがまったくない、ゴミゴミした軍艦島がまるで満船飾仕様の日の豪華客船のようにキラキラと輝いて映ります。それこそ、海上に浮かぶ宝石箱のようです。『海ダイヤ』序盤屈指の名シーンでしょう。

 朝子にとって、鉄平は幼い頃からの憧れのヒーローであることが明かされました。しかし、憧れのヒーローが、そのまま交際相手になるとは限らないのが現実世界のシビアさです。朝子の想いに気づいた鉄平ですが、おそらくこのまますんなりと2人が結ばれることはないでしょう。朝子に片想い中の賢将(清水尋也)、朝子が幸せになることが妬ましい百合子らが、2人の関係に介入してくることになると思われます。

「精霊流し」と共に明かされる家族の歴史

 純度100%の「いい人」鉄平に対し、神木隆之介が二役を演じている現代パートの玲央は真逆のやさぐれたキャラクターです。売れないホストの玲央は、部屋代を払う余裕もなく、謎の老女・いづみ(宮本信子)の豪邸に居候するようになりました。

 いづみの家族は経済的には非常に恵まれていますが、孫娘の千景(片岡凜)は悪質なホストにハマり、400万円の借金を抱えるなど、家庭内はいろいろと問題があるようです。