映画のオーディションでは、大仰な演技でプロデューサーの夏八木からNGを出され、女王さま気質の百合子には女優としての才能はないことを露呈してしまいます。下手な芝居を演じるのって、逆にすごく難しいと思うんですよ。
土屋太鳳が芝居の面白さに目覚めたのは、小学校の学芸会だったことが知られています。学芸会で土屋太鳳は日本酒のとっくりに見立てたペットボトルを片手に酔っ払ったオッサンを演じ、観覧していた父母たちから大絶賛されたそうです。その体験が、彼女の女優としての第一歩でした。土屋太鳳は運動神経のよさや体重の増減がクローズアップされがちですが、そうした人間くさい役を演じるのが大好きな女優でもあります。
鉄平に対する恋心を絶妙に演じて見せる杉咲花に、ジャズシンガーとしての素養も見せたリナ役の池田エライザ。そこに土屋太鳳が加わり、幼なじみとして許されるギリギリ感のある嫌味のボディブローを次々と放っています。鉄平をめぐる3人ヒロイン制が、とてもぜいたくに思えてきます。
結局、映画オーディションは真っ赤な嘘で、映画プロデューサーの夏八木は軍艦島に闖入してきた窃盗団の仲間だったことが分かります。1950年代後半はテレビが一般家庭にも普及し、映画産業が傾き始めた時代でもありました。映画オマージュに溢れた『海ダイヤ』は、そんな映画史の裏側も描いています。
せっかく張り切ってオーディションを受けたのに、詐欺事件だと知った朝子は落ち込みます。弟にテレビを買ってあげることもできません。そんな朝子を、鉄平は優しくフォローします。
朝子が「一度も花見をしたことがない」と話していたことを覚えていた鉄平は、朝子を小舟に乗せて近くにある「中ノ島」へ向かいます。普段は火葬場として使っている無人島ですが、鉄平が植栽した桜の木が一本だけあり、タイミングよく満開でした。人混みだらけの軍艦島を離れ、2人っきりでの花見です。このときの朝子の九州弁交じりの言葉は、泣かせるものがありました。