◆救急搬送寸前からの回復

ところが頻繁に豆乳を摂る生活を送っているうちに、豆乳アレルギーを発症。菜食中心の食生活を送るうえで、大豆製品は貴重なタンパク源なのに……。アレルギー症状で呼吸困難となり、救急車の要請を真剣に考える瞬間もたびたびあったという。

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そうした事情から、しばらくはタンパク質を摂るべく、一部の乳製品はOKという「ラクトベジタリアン」として過ごしたという。そうした試行錯誤のなかで幸い食べ吐きはおさまり、拒食傾向は回復していった。

◆有機野菜沼は深かった

次の転機は、25歳のときに訪れる。粗食、マクロビとつづき、今度はオーガニック野菜だ。きっかけは作家・横森理香 の『地味めしダイエット』が話題になったこと。そこではいまで言う「ゆるマクロビ」といった雰囲気の提案がされており、女性誌などでも多くとりあげられていた。

「これもまた、オシャレな雰囲気に惹かれて(笑)。横森さんが使っているものなどをいろいろと調べるうちに、次は有機野菜の沼へとハマっていきます。農薬を敵視して、農薬使うなんて馬鹿じゃないの。ミツバチ死んじゃうし、土壌が汚染されるし、赤ちゃんだって危険だったりするかもしれない! なんであんなもの! ……真剣にそう考えるようになりました」

当時はいまほど有機野菜の販売は少なく、いるみるくさんは横森氏と同じ「らでぃっしゅぼーや」の宅配を開始。ときには電車で遠出して、おしゃれな高級スーパーの一角にある有機コーナーへ。「青虫がついている野菜は、最高の証」。そうした価値観を楽しんでいた。