◆うわべだけの言葉と取り繕われた人間性
「生きづらいじゃないですか、今の社会って」
透が昼の情報番組に出演した透が、ヒット漫画の企画について司会者に聞かれ、答える。いかにも透らしい。大輔もそうだったが、ふたりともとにかく外面だけはいい。
目に見えて外面男の大輔はまだ可愛い。透は言葉を扱う人間だから、ちょっと物事を斜めから見て、クールな感じを漂わせるのがクセ強というか、悪質ですらある。
ほんとうのところ、この人は何も考えていないのだ。彼の言葉をすこし注意して聞いてみる。結婚前、漫画家を目指した美咲が、最初に原稿を見せた相手が透だった。そのとき彼は言った。
「繊細な心理描写がグッときました…」
ほらきた。透はやたらと人間性や心理に関連したワードを口にする。職業柄でもあるが、これは一方で、核心に迫る一歩手前でうやむやにしようとする抽象化に他ならない。
ある意味それにだまされた美咲は漫画家の夢を諦め、家庭に入ることになった。しかも、うわべだけの言葉と取り繕われた透の人間性は、例えば、息子を可愛がる不登校の少年を退けようとするなど、極めて排他的なものなのではないか。
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