宏樹は毎晩のようにそうして妻に対してイライラしながら冷たい言葉の数々を吐き捨てる。別の日には、昼前に電話をかけてきて、会議で必要な資料が入った封筒をデスクの上に忘れてきたからすぐにもってこいと命令する。美羽は友人の雑貨屋のオープン記念に向かう途中だったが、宏樹から「状況わかるだろ」と言われ、家に戻る。

◆『おっさんずラブ』の愛されキャラから一変…

『おっさんずラブ』公式サイトより
『おっさんずラブ』公式サイトより
 もっていったらもっていったで、感謝の一言もなく、小言をいわれる。なんなんだ、この男。いちいち。視聴者は共感のかけらも抱けない。こんな愚劣極まるキャラクターを演じるのが、田中圭なのだからなおさら強く感じる。

 だって田中圭は少し前のクールでは、彼の代名詞ともなった、はるたんこと、春田創一を演じていた人である。はるたん旋風を巻き起こした大ヒットドラマシリーズ『おっさんずラブ』(テレビ朝日、2016年)の主人公・春田創一の愛されキャラったらもうね。国民的に愛でるというか、宇宙的な次元ですらある。

 もちろん俳優はひとつの作品のひとつの役だけを演じるわけではない。作品ごとに前作とは180度異なる役柄をやることはよくある。あのはるたん役の快活なイメージから、こんなふり幅の最低夫を演じてしまえる。いったい、どうやったら次の役へ気持ちをもっていけるのか。俳優とは実に不可思議な存在である。

◆はるたん役との共通点

 他作品での役柄自体を安易にもちこむべきではないけれど、それでも宏樹役にもほんの一瞬、はるたん的な快活さが弾む場面がある。宏樹が寝たあと、ひとりソファに座って図鑑のページをめくる美羽による回想。

 結婚して5年。初めの頃は和やかな夫婦関係だった。帰宅した美羽がわっと泣きだしたのを見た宏樹も声をあげて一緒になって明るく泣く。顔をくしゃくしゃにするその表情や感情のアウトプットには、はるたん的なものが感じられる。昔は快活で人懐っこい人だったのである。