「ちょっといま自制かけてて」「津野さんのこと好きにならないように」などと水季はずるいことを言いながら、おにぎりを差し出す。と、それまで遠くに座っていた津野は水季に近づいて、みかんグミを手渡す。そこで水季は思いきって「行きます」と決意する。渡せないまま気持ちを抱えるのではなく、おにぎりとみかんグミが相手に渡せて、早くも一歩前進。
言葉数少なく、ぽそぽそと似たような単語を行ったり来たりさせながらしゃべるリアルな会話は、まるで、今年、惜しまれつつ閉館したこまばアゴラ劇場からはじまった現代口語演劇のようである。
恋のはじまりにありがちな、どちらからもはっきり決定できず、でも、内心、互いの好意をうっすら感じていて、その安心ゆえにわざとずらし合いを楽しんでいるようなところもあるだろう。こういうはっきりしない時間こそが甘酸っぱく楽しい。まさにみかんの味である。
むしろ、はっきりつきあうという結論が出てしまうと、覚めてしまいそう。蛙化現象なんていうのもそのひとつかもしれない。
◆手に汗握るじわじわ展開。でも、握るのはおにぎり
とりあえず、水季と津野は海を実家に預け、ふたりで出かける。移動のバスのなか、晴明、水季、海の名前の由来を話すとき、夏(summer)が好きだから海?という流れで、水季が微妙な表情をしたり、ファミレスでの食事では、高い食事だと海のことが気になってしまうという話になったり。ことあるごとに、津野と水季の接近には邪魔が入る。
ここで水族館に行ってしまうと、池松主演のラブストーリー『ちょっと思い出しただけ』(水族館デートシーンがある)になってしまうからではないだろうが、プラネタリウムに。その帰り、公園でしばらく話して、さらにいい感じになったふたりは、水季の家へとーー。