「みんな悲しそうで 俺よりつらそうで、でもたぶん、みんなほんとに俺よりつらいから、しかもやさしいから、言えない、こういうの言えない。怒ったりわがまま言ったりその人たちより悲しそうにできない。俺だって悲しいのに(後略)」
まさに先述した弥生のような態度に、夏は夏なりに傷ついていたのだ。やさしい人たちが悲しんでいるのを目の当たりにするしんどさを基春はわかってくれた。そしてしんどくなったら「連絡しろよ」と言ってくれる。基春なりの父らしさである。
彼は彼なりに、レンズ越しに見ていただけで、子供の何もわかろうとしていなかったことを反省していた。そして、彼なりに、海の前で椅子を蹴っ飛ばさなかったことを褒める。それはただ夏がおもしろさで海を見ているだけでなく、父としての意識があることへの評価であった。
◆「海ちゃんのパパ、はじめようと思う」と前向きな夏
しんどさも、父として夏なりに考えていることも理解してもらえたことがどれだけ夏にとって大事であったことだろう。父の前では唯一感情を出せてよかったが、ただし、暴力的な感情が噴出したことはちょっとこわい。
別のドラマであれば、夏のカラダに基春の粗野でギャンブル好きで忍耐強くなさそうなDNAが流れていることを意識し、いつかそれが発動してしまうのではないかと不安を覚える、あるいはほんとうに夏の別の一面が出てしまうなんて展開もありそう。でも『海のはじまり』ではそれはないであろう。
夏が実家に帰ると、やさしい父母がビールを差し出す。「親になろうと思う」と言うと、彼らはあっさり受け入れて、ビールで乾杯。目黒蓮、さすが、ビールのCMふうな雰囲気が似合う。
自分も基春のようになることを怖れるのではなく、むしろ「海ちゃんのパパ、はじめようと思う」と前向きな夏。誰にも言えないことを言える相手が見つかって逆に背中を押してもらえたのかもしれない。
でもこれでハッピーエンドにはまだならない。父になろうと考える夏に、朱音(大竹しのぶ)は水季の遺言?を手渡す。またまた不穏である。