遺灰が入っていると知らず、ネックレスを遊ぶときには危ないから外そうとした弥生に「やめて!」ときつい声を出してしまった。ハッとなりながら、ずっといられてよかったねと、海に向き合う弥生は、ただただやさしい。
◆基春から夏に受け継がれたカメラ
さて、基春は、夏に愛情の欠片もないように見えて、その後、かつて行きつけだった新田写真館に顔を出し息子を気にする素振りを見せていた。顔見知りの新田良彦(山崎樹範)は基春が釣り堀で待っていると伝える。
そこで、基春は少し本音を話しだす。釣り、競馬、麻雀に興じる基春(腕には金運のお守りタイガーアイらしい数珠ブレス)にもフィルムカメラのような文化的趣味を持っていたのかと思えば、トイレに行くたびにくっついてくるような幼い夏がおもしろくて、写真に撮ろうと思って買っただけのものだった。デジカメでよかったのにフィルムカメラをうっかり買ってしまったのだと。
基春から夏に受け継がれたカメラは、90年代、バブル期に発売されておしゃれで人気だったコンタックスContax T2 である。高級なCarl Zeissのレンズが売りだった。
基春はカメラ量販店の目立つところに置いてあって、見た目も性能も当時、ダントツだっただろうから、つい大枚はたいて買ってしまったのだろう。チタン製のボディとか男性が惹かれそうなガジェット。いわゆるモテ機である。
◆父に誰にも言えなかったことを吐き出す夏
久しぶりにカメラを手にした基春は、息子をレンズ越しにのぞくが、シャッターを切れなかった。
場所を移動する基春を追っていく夏。一定の距離を置いてずっとついていく夏は、海(sea)で夏にどこまでもくっついてきた海のようだ。夏と海、夏と基春。父と子の行いをリフレインする。ただ、いつだって夏が誰かの背中を見ている。
夏の話に基春はテンポよく合いの手を入れる。田中哲司は、他人事のように振る舞いつつどこか近しい関係性を反応とリズムで表現している。父の調子のいい合いの手に乗せられるように夏は誰にも言えなかったことを吐き出す。