◆自身が傷ついているからこそ、他人の痛みにも敏感

『まる』© 2024 Asmik Ace, Inc.
 その上で、沢田が端的にいって「イイやつ」であることが重要だ。ささいなきっかけでやったことが世間的に評価され、それで莫大な収入を得たりしたら、尊大な態度を取ったりする者も世の中にはいるだろう。

 しかし、沢田は有名になってもコンビニのアルバイトをすぐに辞めたりはしないし、森崎ウィン演じるミャンマー出身の先輩コンビニ店員が不遜な客になじられると「あいつらが、バカでごめん」と代わりに謝る。

 さらに、沢田は映画の冒頭で自分の境遇を皮肉たっぷりに口にしたり、何かを諦めて日々を生きているような厭世的な印象も強い。それは自身の心が傷ついている、または人生に疲れ切っているからではないか、だからこそ他人の痛みにも敏感なのではないか、と想像がおよぶようにもなっている。

 その皮肉っぽい言い回しに知的なセンスがあり、独特のユーモアにつながっていて、同時に人を傷つけるような印象がなく、優しさを感じさせるということが、個人的にバラエティ番組で見かけていた堂本剛に抱いていた印象にかなり近いものだったのだ。

◆嫉妬と嫌悪を募らせる綾野剛の気持ちもわかる

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 綾野剛演じる隣人の売れない漫画家も重要だ。彼は社会的に成功できず、“パパッと描いた○のおかげでラクをして成功している(ように見える)”沢田にはっきりと嫉妬と嫌悪をつのらせ、完全に間違った行動に出てしまう。

 その心理もまた極端なようで、やはり自身の努力が実らず、身近な誰かや有名人に「なんであいつが成功するんだ」と思ってしまうような、普遍的なものといえる。

 それでいて沢田と完全に対立しているわけではなく、「お互いにウザいと思っているようで、だからこそ気になっていて、完全には嫌いになりきれない」ような、限りなく友情に近い関係が築かれていることが、とても尊い。

◆「今」の堂本剛を重ね合わせる理由

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 実際に荻上直子監督は本作を手がけるにあたって、堂本剛の過去のインタビュー記事をたくさん読み、その中で「20代~30代の頃は仕事が忙し過ぎて、自分というものがわからなくなってしまい、とてもツラい時期があったけれども、音楽に助けてもらった」といったことを知って、そこから「自分がわからなくなってしまう人のお話」として、今回の映画のストーリーをふくらませていったのだそうだ。