ニューヨークに来て真っ先に気を付けなければならないことは何か。強盗、拳銃、スリ、薬物中毒者、カード詐欺と危険はあちらこちらに転がっているが、これらに身構える前に注意をしなければならないものがある。それは暴走する自転車だ。
マンハッタンに降り立つ瞬間、いやその直前に周囲を確認しなければならない。ぼおっとしていると自転車と接触し、最悪の場合、命を落としてしまう。猛スピードと、歩行者お構いなしの無謀運転は、日本とはけた違いである。
あるベテランの観光ガイドは、空港で顧客と合流し、最初の注意事項として暴走自転車について伝えるという。
10年ほど前までは、マンハッタンで自転車を見かけることはまれだった。ニューヨークで自転車に乗っても、買い物の最中などに盗まれるのがオチで、生活の中に根差した乗り物ではなかった。
それが2013年に変わった。車の利用を少しでも減らすことを目的に市民が自転車を共有する「バイクシェア」が導入され、自転車が街の風景に溶け込み始めた。
しばらくしてウーバーイーツやドアダッシュなど料理デリバリーサービスが誕生し、ニューヨークの交通事情は劇的に変わった。新型コロナの感染拡大でデリバリーサービスの利用が急速に拡大したこともあり、ニューヨークに自転車があふれるようになった。
ニューヨークで料理デリバリーサービスで働く人の数は約6万5000人といわれる。デリバリーサービスへの注文は年間1億件を超えており、空腹の数だけ自転車が走る。
デリバリーサービスで使われる自転車は、リチウムイオン電池を動力源にした電動自転車が主流で、足でこぐだけの自転車をはるかに上回るスピードが出る。
デリバリーサービスの労働者はアフリカや中南米、アジアなどからの移民がほとんどだ。亡命申請中で他の仕事にはつけないため、配達を多くこなしてより多くの収入を得ようとする。このため移動のスピードが速くなり、無謀な運転につながる。