そして何よりも注目したいのは、冤罪が起きてしまう司法システムの闇について、『拳と祈り』は迫っている点だ。事件発生時のアリバイがなかったことから取り調べを受ける袴田さんに対し、捜査官が「お前やっただな。袴田、お前は殺人犯だ」と厳しい言葉を浴びせる音声が、予告編でも流れている。袴田さんが釈放された2014年に静岡県警の倉庫から見つかった録音テープの一部を再生したものだ。
当時、袴田さんへの取り調べは、1日平均12時間、長いときは16時間以上に及び、それが19日間続いた。「お前やっただな」「被害者に謝れ」と連日にわたって繰り返し責め続けられれば、耐えられる者はいないだろう。明確な証拠がないにもかかわらず、袴田さんは自白を強要され、法廷で無罪を主張するも有罪判決を下されることになった。
自白の強要と共に大きな問題となったのは、裁判が始まってから捜査済みの味噌樽の中から血染めの衣類が忽然と現れたことだ。袴田さんが着用するには小さすぎる衣類だったが、検察は「味噌樽に浸かっている間に縮んだ」と主張し、証拠として採用されている。明らかな捏造証拠だ。袴田さんを絶対に犯人にしようとする、警察と検察の間違った正義感が恐ろしい。
今回の再審判決で静岡地裁は、証拠は捜査機関によって捏造されたものであると認め、袴田さんは無罪判決を勝ち取った。検察が控訴しなかったことで、袴田さんは再び収監される恐怖に怯えることなく、姉・秀子さんがコツコツと働いて用意したマンションでの平穏な生活を続けることができる。
「和歌山毒カレー事件」「飯塚事件」も冤罪の可能性が高い
それにしても、袴田さんから半世紀以上もの歳月を奪った警察・検察と、再審を先送りにし続けた裁判所の罪は重い。真犯人は野放しのままであり、袴田さんは長い収容生活のために今も拘禁反応が続いている。凶悪殺人犯という冤罪を掛けられ、袴田さんはひとり息子とも生き別れになったままだ。