例えば、大学に通いながらいくつもバイトを掛け持ちする主人公・岸本七実(河合優実)が、家族たちを沖縄旅行に連れていく第3話。夕日の海。波音が絶えず耳をつつみこむ。「そやな」と言って振り返った七実のバストショットのすぐあと、父・岸本耕助(錦戸亮)のクロースアップが接続する。七実の眼差しの先では、目の前の景色と父の過去の姿が自然とだぶる。
単なる回想的なインサートではない。大九監督が撮るマジカルな夕日の海を見つめる河合のアップのあとならば、どれほど突飛なカットでも接続可能という感じ。ミラクルなショットのつなぎに心ときめく。
この世にいない父親が家族の団らんの中にたびたび登場する演出が最初いぶかしくも思ったが、岸本家にとってはそれが自然な景色なのだと、河合のアップが明かしてくれているようだ。不思議とマジカルな世界観も逆にリアリティがある。
◆自動販売機近くの壁際で
こんなにマジカルでミラクルな存在が日本映画界に現れたのは、いつぶりのことだろうか? 早いところ、日本を飛び出して、世界で発見されなければならない。と、勝手に思っていたら、主演映画『ナミビアの砂漠』(2024年)が、第77回カンヌ国際映画祭で、国際映画批評家連盟賞を受賞する快挙を成し遂げた。
コンペティション部門から独立した部門だが、過去には青山真治監督の『EUREKA』(2000年)や濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』(2021年)など、映画史の重要作が受賞してきた。それらに後続することで日本映画の未来をひらくばかりか、河合優実の時代はこうして世界にも門戸が広かれている。
『ナミビアの砂漠』は冒頭から河合の独壇場である。河合演じる主人公・カナが赤ワインのボトルをらっぱ飲みしながら、恋人の小便を待ち、帰りのタクシーで窓をあけて吐く。
翌朝は空腹を満たすために、冷蔵庫の前に座り込んで手っ取り早くロースハムを口に放り込む。恐ろしいくらいの日常感、生活感を全身で表現する。はたまた、2人目の恋人と喧嘩し怪我をして車椅子に乗り、その恋人に激しい暴力をふるう様は、『あんのこと』と『かぞかぞ』の母親役の役柄を掛け合わせたような強烈さ。