「立つ鳥跡を濁さず」ということわざを思い出します。立ち去る者は、あとが見苦しくないようにすべきであるということ。引き際のいさぎよいことのたとえ。
では、大学時代に彼氏との子を妊娠し、一度は中絶を決意するもののその彼氏に勝手に別れを告げて出産したにもかかわらず、その子が小学校に上がるころには病気で死ぬことになった水季ママ(古川琴音)にとって、「見苦しくない」とはどういうことだったのだろう。「いさぎよい」とは、どんな行いだったのだろう。
なんというか、言葉にするのもおぞましいけれど、「連れて行けよ」って思っちゃったんだよな。海ちゃん(泉谷星奈)も、連れて行けよって。
自分の中にある残忍さ、ドス黒い感情を引っ張り出されて、その姿を再確認できることもまた、ホラー作品を見る上での楽しみのひとつなのかもしれません。
『海のはじまり』(フジテレビ系)第9話、振り返りましょう。
■不幸の手紙には「幸せになれ」と書いてある
いよいよ死期が迫った水季は、病室で2通の手紙を書きます。1通は海ちゃんの父親である夏くん(目黒蓮)に。もう1通の宛名は「夏くんの恋人へ」というものでした。まだ知らない、自分が知ることのない「夏くんの恋人へ」ではありません。死ぬ前に夏くんに一目会っておこう、海ちゃんを会わせておこうと思ってアパートを訪ねたとき、その部屋から夏くんと一緒にヘラヘラと笑いながら幸せそうに出てきた、あの美人の女(有村架純)への手紙です。
水季には、あの美人の女こと弥生さんに指一本触れる権利はありません。だいたい勝手に「恋人」って決めつけてるけど、部屋から出てきたのを見ただけですから、夏くんの今の妻かもしれないし、その妻との間に子どもがいるかもしれないし、妊娠しているかもしれない。もしくは単なるセフレかもしれないし、馴染みのデリヘル嬢かもしれない。
そういう人物の、一瞬だけ垣間見た笑顔を思い浮かべながら、あてずっぽうで書いたのが、あの「夏くんの恋人へ」という手紙なのです。