千鳥がいつか語っていたことを思い出す。自分たちの漫才のスタイルを変えないために、昼間のロケ番組や情報番組に望んで出演するようにした。自分たちの知名度を浸透させ、存在そのものをポップにしてしまえば、このスタイルの漫才でも受け入れられるようになる。その戦略はものの見事に成功し、『M-1』初出場最下位から20年かけて千鳥は天下を取った。

 麒麟は結果、03年は8位に沈んだが、この回を含めて5度決勝に進出し、04~06年には3年連続で3組のファイナルまで残っている。その川島も20年後には朝の帯番組のメインMCだ。

 小沢も「あま~い!」で自らの確固たるポジションを築きつつ、漫才ライブを主催して後進の育成にもあたっている。今年5月の『THE SECOND』(フジテレビ系)でベスト8まで勝ち抜き、プレイヤーとしてもバリバリの現役であることを示した。

 こうして時おりメディアで語られる出場者たちの過去の『M-1』エピソードには、いつも現在につながるドラマが詰まっている。

(文=新越谷ノリヲ)