◆「どれだけの異常者が…」と思う前に、目を向けるべき背景

 児童虐待の報道がされるたびに、ネット上で散見される「親が愛するわが子を痛めつけるなんて、考えられない」「どうして周囲は助けようとしなかったのか」といった意見。遠矢被告のケースについても、同様の声が多数上がっています。

「報道を耳にするだけでは、『どれだけの異常者がここまでの悪事に手を染めたのか』と、どこか自分とは関係のないような、非現実的な印象を受けますよね。しかし家庭という閉じられた場所で起きた虐待事件の場合、加害者個人の問題としてみるのではなく、私たちの生きる社会全体の構造に目を向けないと本質的な部分に触れることはできないと感じます」(以下、杉山氏)

 杉山さんは、ひとことに「加害者」「被害者」という言葉だけでは割り切れない、家庭内暴力の複雑さについて語ります。

「児童虐待の問題を捉える上では、家庭の中の権力関係を考えたり、家庭の外からの見えにくい力がどのようその親に影響したかという点に注目する必要があります。私がこれまで取材してきた虐待死事件では、当事者たちの立場は単純であるように見えますが、実態としては親が配偶者や周囲の者たちから暴力を受けたことが原因となっている場合も非常に多い。この場合の暴力とは物理的・身体的な力だけでなく、心理的な力も指しますが。つまり“加害者であり、被害者でもある”人がいる可能性があるのです」

 このケースに当てはまるのが、2018年に起こった目黒女児虐待事件。当時5歳だった結愛ちゃんをたび重なる虐待で殺害したとしてその両親が逮捕されたこの事件は、母親がその夫に配偶者間暴力を受け、逆らいにくい従属的な立場にあったとされています。

「この事件では家庭内で暴力の連鎖が起きており、妻が夫に自分の意見や考えを伝えて、状況を変えることができない、夫の考えに逆らえないといった、夫婦間にあるパワーバランスの不均衡が、結果として子どもに被害を及ぼしていました」