なぜ急にコロナワクチンの話題を言い出した?

 そして、ふと思う。多野さんは死期が迫っていることをうすうす感じて、ワクチン論争をふっかけてきたのではないか――と。

「確かに、コロナ下では皆が多かれ少なかれ異常な精神状態になってはいたと思います。私だって、違う話題だったらもっと“大人の対応”をしたと思うのに、なぜかワクチンに関するデマに関しては固執してしまいました。それにしても、それまでの付き合いでは穏やかで他愛ない会話しかしてこなかったし、仕事の上でも師匠のような存在だった多野さんがなぜ急にあんなことを言い出したのか、多野さんに残された時間が少なくなっていることへの焦りとかイライラのようなものがあったんじゃないか。そう思えてならないんです」

 多野さんは、よく「ボクは不思議な偶然にしょっちゅう遭遇するんだよね」と言っていた。多野さんと仕事をするようになってから、酒井さんにもときどき不思議な偶然が起こるようになった。

 驚いて多野さんに報告すると、「別に不思議でもなんでもないよ。ボクなんてそんなことが数えきれないほどあるんだから」と、妙な自慢をしていたっけ。

 多野さんの最後のメールにも何か意味があるのかもしれない、などとつい深読みしてしまう。