◆視聴者の心をザワつかせる感情表現が秀逸
石橋自身は俳優の石橋凌と原田美枝子の次女として生まれ、幼い頃にはじめたクラシックバレエで海外留学。ダンサーから女優へと転向した表現者のサラブレッドです。
朝ドラ『半分、青い。』における佐藤健の妻役で存在感を示し、映画化もされたドラマ『前科者』では保護観察の対象者・仮釈放中の前科者・みどり、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では、源義経(菅田将暉)の愛妾・静御前など、意思の強さを感じさせる役どころを多く演じてきました。しかし『燕は戻ってこない』においては、自分に自信がなく幼さすらも感じさせる、“負のオーラ”を纏った貧困女性を演じています。
代理母出産という特殊な題材をテーマにしている同作の登場人物たちは、皆なかなかに共感しづらい設定です。石橋演じる主人公のリキも、育ちや不運が重なったにしても、不安定な生活から抜け出すための“懸命さ”は感じられず、行き当たりばったり。感情と欲望に身を任せて父親が誰か定かではない妊娠をするなど、自分勝手な印象すらあります。
でも、清廉潔白な人間なんていない。無知だけど傲慢で、欲深い。共感はできずとも、リキの行動の背景に潜む人間の“業”をまざまざと石橋は見せつけてきます。自分がその立場だったら、リキのように誤った選択をしてしまうかもしれない――と心がザワザワするのは、石橋の豊かな感情表現に見入ってしまうから。視聴者がリキに苛立ちを覚えるのであれば、それは石橋の表現力のなせる技といえるでしょう。