◆「パパは好き、今のママは嫌い」母親を糾弾する息子

 陽子は凪を車に乗せて、海岸へと連れていく。「この海を見ながら、あなたの名前を決めたの」と陽子は凪に向かってつぶやく。自分たち夫婦はもう一緒にやっていけないと伝えたとき、凪は「パパはいつも一緒にいてくれた。ママは仕事のことしか考えてなかった」と母親を糾弾する。

「パパは仕事がないからよ。ママは稼いでいた」というと、「お金がそんなに大事なの?」と息子に言われてしまう。パパは好き、今のママは嫌い。子どもの本音に陽子の気持ちがキレていく。車に戻った陽子は、ハサミを取り出して……。

 夫の浮気がわかったときも、彼女はハサミをポケットに入れて夫に近づいていった。陽子はクールな妻だが、いざというとき尋常ではない行動をとりがちなタイプだ。もちろん、実際の行動には移さないが、彼女の危うさはじゅうぶん伝わってくる。

◆つい大岡裁きを思い出す、昂太と陽子の争い

 時代の名奉行といわれ、ドラマにもなった大岡越前守忠相には「大岡政談」という実録風創作物が残っている。いわゆる「大岡裁き」が記されたもので、エピソードは落語や講談、歌舞伎などにもなっている。その中に「子争い」という話がある。

 自分こそがこの子の親だと言い張るふたりの女性に、忠相は両側からそれぞれ子の腕をつかませ、引っ張って勝ったほうが母親という。女性たちは力いっぱい引っ張るが、途中で子どもが痛いと泣き出し、片方の女性が思わず手を離す。引っ張って勝ったほうが子を連れていこうとすると、忠相は手を離した女性を母親だと認定するのだ。

奉行所
写真はイメージです(以下同じ)
「母親なら子を思うもの。子どもが痛がって泣いているのになおも引く母親があろうか」

 昂太と陽子の息子への争いを見ながら、つい大岡裁きを思い出した。パパが好き、ママが嫌いと言っている子を、陽子はどうするつもりなのだろうか。もちろん、子どもは複雑な事情を知らないから、一緒にいてくれる親を選ぶ可能性はある。

 ここには離婚すると、単独親権しか選べない日本の法律の問題も大きい。別れた配偶者に子どもを会わせない親もいる。親子の関係は切れないはずなのに、離婚後の親子関係を巡る痛ましい話は多く聞く。