■テーマとキュンを切り分けつつ織り交ぜる

 このドラマは記憶喪失モノでありながら、過去の記憶を取り戻すことを目的としていません。むしろその過去が幸せだったのかという疑義が出発点になっています。

 心療内科の先生とまこととの間で、「意味記憶」と「手続き記憶」についての会話が交わされるシーンがありました。

「自転車は乗り物である」というのが意味記憶。「自転車に乗れること」が手続き記憶だそうです。記憶を失ったまことは、「自転車は乗り物である」という知識を持ち合わせているのと同様に「本当の自分を偽って就職するのはよくない」という概念も持っていることが示されています。

 会社では波風を立てないことだけを考えてヘラヘラしていたらしい。まことは、そんな自分が「嫌だ」という確信だけは持っているのです。なので勢いで会社を辞めてしまい、就活の必要に迫られても面接で取り繕うような応答をすることはありません。過去のESを手に入れても、そこに書かれている自己PR文を確認することもしない。ネットで面接対策を調べたりもしない。今の自分で面接に臨むことだけは固く決意している。でも、今の自分がなんなのか、よくわからない。