東京・文京区にある還国寺とは、志ん生の墓がある菩提寺だという。証書は口述筆記で、作成場所は還国寺と明記されていたそうである。

 その財産目録を見た遺族は目を見張った。現金は預貯金約7200万円、そして「その他」の項目に、〈美濃部孝蔵氏(志ん生)著作権等〉〈写真等〉とあったからだ。

 文春によると、著作権による収入は年間数十万から、数百万だという。

 遺言書作成の経緯も奇怪だったと小駒が続ける。

「まだらな認知症の気が見え始めた十数年前、美津子さんと突然、連絡が取れなくなりました。探し回ると知らない間に『後見人』が付き、ゆかりのない川崎市の介護施設に入居していた」

 小駒はMと寺への怒りを隠さない。

「蓋を開けてみれば、志ん生の遺産、特に何より大切な志ん生の権利を寺に奪われていたんです」

 親族が芸の継承のために必要と訴える志ん生の権利。現行法では著作権の保護期間は没後70年までだから、少なくともあと19年は存在する。

「権利が外部に渡ることを強く懸念する背景には、伝統芸能ならではの事情もある。落語会に詳しい。演芸評論家・エンタメライターの渡邉寧久氏が解説する。

「今回の件は、落語界全体の問題です。財産目録の『著作権等』が幅広い意味に捉えられれば、予想外の問題が起きうる。もともと落語会は、仲間内に噺を無報酬で教え、話芸を伝えています。もし外部に権利が渡れば、志ん生が磨き上げた『火焔太鼓』や『柳田格之進』『井戸の茶碗』といった“志ん生版落語”をしゃべるなら金を払え、または許諾しないと主張することも可能になります。さらに問題なのは、志ん生という名跡使用もNGとなりかねない点。落語界では、遠くない将来に志ん生襲名が期待されていますから」

 えらいこっちゃ。私はラジオで志ん生を聞きながら育ってきた。志ん生、圓生、文楽から立川談志、古今亭志ん朝が三度の飯より好きだ。

 痴呆の人を騙して、いい加減な遺言を書かせたりしては、寺の名前に傷がつく。早く、志ん生の遺族へ返すべきだと思うが。