◆曖昧なままにしておく

『怪物』に性表現はなく、LGBT関連の専門的な単語も出てこない。明確に表す要素は一切ない。観客は、シーンの積み重ねのなか、少しずつ「クィア・パルム賞」の受賞理由に気づいていく。

佐倉イオリ「怪物」レビュー
そんなさりげない演出のなかにも、明確に「君は間違っていない」という当事者へのメッセージが力強く散りばめられていた。それは、性の目覚めのなかで、アイデンティティを確立しようとあがく若者たちを、柔らかく後ろざさえしているように思えた。

私もそうであったように、周りに理解者が少なければ少ないほど、自分を少数者と認めるのは簡単ではない。

ゲイやトランスジェンダーといった、アイデンティティを表す言葉はすでに一定数ある。しかし自分は何者なのだろうかと自問自答している思春期の子どもにとって、ときにそれは強すぎる言葉になるかもしれない。

子どもでなくとも、既存の言葉にしっくりこない人もいれば、受け入れるのに時間がかかる人もいる。

『怪物』では、彼らのアイデンティティを決めつけず、曖昧(あいまい)なままにしておく。私には、その曖昧さがやさしく感じられた。