「当時はプライドがあったから若手が出るようなライブなんか出ても、って思ってた。けど、そんなこと言ってる場合じゃないってなって」

 プライドを捨てて挑んだ1993年の『NHK新人演芸大賞』で大賞を受賞。落語やコントではなく漫才師が同賞を受賞するのは史上初となる快挙だった。さらに翌年には『GAHAHAキング 爆笑王決定戦』(テレビ朝日系)で10週勝ち抜きを果たし、再び活動を軌道に乗せている。

「だから、漫才やり続けなきゃいけなくなったのかもしれない」

 現在では一昨年のM-1チャンピオンであるウエストランドをはじめ、後輩も増えたという太田。その手前、トップである自分たちがネタをやるのは「必然」だと語った。

 最近の太田は、ネタ作りだけではなく「ネタが覚えられない」「(自分も田中も)すぐネタが飛ぶ」という悩みも頻繁に語るようになった。舞台では奔放に見える爆笑問題だが、実は綿密な台本を書き上げ、練習に練習を重ねて作り上げるタイプの漫才師だ。太田は自身を指して「臆病者」と呼ぶ人間である。