人はなぜドラマを見るのでしょう。例えば、ドラマの提供する世界観に没頭し、そこに描かれる世界にひととき身を置くことで自らの日常を再確認できるから。例えば、架空の誰かに心を重ねることで内面の孤独を癒せるから。例えば、物語が与えるメッセージに共感し、人生における判断の指針を得られるから。その理由はそれぞれです。どうあれ、多くの人がそうして幼いころからドラマという媒体に触れ、「ドラマを見る」という習慣を身につけています。テレビでドラマをやってれば、ドラマを見る。その理由やモチベーションを意識せずとも、一定の人数がドラマを見て大人になります。

 そのうちの何人かは、ドラマを作る側に回りたいと考えるようになります。勇気を与えてくれた、あの俳優のように自分も誰かに生きる力を与えたい。心の底からワクワクさせてくれたあの脚本家のように、自分も人の心をときめかせてみたい。まぶたの裏に焼き付いたあのシーンを撮った演出家のように、自分も誰かの心のアルバムに残りたい。その思いはさまざまですが、共通するのは「いいドラマを届けたい、人を楽しませたい」という思いのはずです。そういう思いのはずなんです。はずなんだよなぁ。

 だから、こういう金と労力だけめちゃくちゃかかってて、まったくダメなドラマを見ると、ホントに心が痛むんだわ。誰も得してないし、誰も満足できない。見る側もやってる側も、上から下まで誰も納得してないでしょう。