◆嫌悪感を怒りで表出させてしまった悲しさ

©2021 朝井リョウ/新潮社  ©2023「正欲」製作委員会
 稲垣吾郎は、その「口には出さなくても普通ではないことを嫌悪している」印象を、見事に観客に植え付けることに成功している。

 稲垣吾郎その人がキリッとした顔つきであり、そこに自分の「正しさ」を信じきっているような、一種の「ブレなさ」を感じさせるからこそ、カリスマ性があると共に少し怖い印象もある。

 本作ではそこに「ほんの少しだけ垣間見える嫌悪感」の演技が加わる上、ある場面でついに抑えきれなかった怒りを表出させる。そこで、「普通であるはず」の彼のことが、良い意味で泣きたくなるほどに恐ろしく思えた。

 一方で、彼はとても親切かつ穏やかな姿を見せる場面もある。だからこそ、とても共感できる普通の価値観を持っていたはずなのに、嫌悪感を怒りの感情として表出させてしまった彼の悲しさ、その彼に対して恐怖を覚えてしまったという切なさを、より思い知らされたのだ。

 その怒りの感情は、ほとんど狂気と言い換えてもいいレベルでもあった。稲垣吾郎は『十三人の刺客』で狂気にどっぷりと浸かった暴君になったこともあったが、一方で『窓辺にて』では「ショックを受けなかったことにショックを受けている」ある意味では常識的な人間を演じていたこともある。

 今回の『正欲』で演じるのは後者に近い一方、前者も少しだけ連想する「普通の人が表出させてしまう狂気」を見せる。そんな複雑な役を、稲垣吾郎は見事に体現していたのだ。