まあ、どうにかなるか。いくつかの会話を交わしただけで相手にそう思わせてしまうのが、叶井の才能かもしれない。対談取材を通して、鈴木敏夫、奥山和由といった日本映画界の巨人たちが、まるで叶井を弟か息子のように可愛がっていたことを知った。編集者・中瀬ゆかりは、叶井を評して「できるだけたくさんの人に会わせたくなる人」と言った。

 こちらの心配をよそに、叶井は元気いっぱいで対談に臨んだ。録音テープの音声は、どう聞いても末期がん患者のそれではなかった。叶井は、タクシーで10分かからない距離を電車で来た。ゲストの選定からアポイントメントまで、叶井が全部ひとりでこなした。メールの返信が早い。あやふやな確認事項があれば即座に、かつ無遠慮に電話を鳴らしてくる。遅刻をしない。奔放なイメージしかなかった叶井の、意外に実直な仕事ぶりを垣間見ることができた。

「湿っぽい内容にはしないでくれ」

 それが編集者に対する、叶井の唯一の注文だった。ならば娯楽に振り切ろう。叶井という人間の死にゆく様を、エンターテインメントとしてお届けしよう。そう決めてからは、編集作業に何の迷いも生じなかった。叶井が取り扱ってきた映画の中では、何万人もの人間が死んだ。血まみれにされ、手足を切り刻まれ、人間に食われた人間もいる。叶井ひとりの死を娯楽としても、罰は当たらないはずだ。そう考えた。