カーマニア、スピード狂で知られるクローネンバーグ監督は、劇中の主人公が車やバイクに乗るシーンをたびたび描いてきたが、今回はそれがないのも印象的だと渡邉氏は指摘する。
渡邉「クローネンバーグ作品には、かっこいい車、バイク、ヨットなどの乗り物がよく登場するんですが、今回はそれがないんです。代わりに登場するのが、冒頭で描かれる座礁した巨大な船です。もうひとつ印象に残るのが、主人公のソールが食事を摂る椅子。すごく奇妙なデザインの椅子に座ったソールは、異常な速度で進化を遂げるという“スピード違反”を犯すことになります。今回は椅子やベッド、手術台が乗り物の代わりになっているようです。場所や時代設定が分からないように描いている点もユニークです。公開手術のシーンでは、観客たちは旧式のビデオカメラや超小型カメラなど不思議な撮影機器で手術の様子を記録しています。細部までこだわって作られているので、ぜひ大きなスクリーンで楽しんでほしいですね」
ヴィゴ・モーテンセンが『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05)から参加するようになり、クローネンバーグ作品はステージが一段上がった感がある。
渡邉「初期のクローネンバーグ作品は、主演俳優が毎回変わっていました。『戦慄の絆』のジェレミー・アイアンズは『エム・バタフライ』にも主演していますが、ヴィゴ・モーテンセンは今回で4作目。クローネンバーグ組と言っていいんじゃないでしょうか。ヴィゴが出演するようになって、女性ファンも増えました。とりわけ『イースタン・プロミス』には驚きましたね。まさかクローネンバーグ監督がノワールものを撮るとは思わなかったし、感動もしました。作品ごとに変わっていくところもクローネンバーグ監督の魅力ですが、今回は初期作品に戻ったような内容になっていて、ファンとして感慨深いものがあります」