進化の過程では、役に立たない事象も起きうる

 クローネンバーグ監督は、商業デビュー前に上映時間63分の中編映画『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪学の確立』(70)を撮っている。今回の『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』と同じ原題(Crimes of the Future)となるが、ストーリーはまったく違う。

渡邉「ノーベル文学賞作家のクヌート・ハムスンの小説『飢え』に出てくる、架空の論文のタイトルからの引用なんです。クローネンバーグ監督は映画化された『飢え』を観ており、よほど印象に残る言葉だったんでしょうね。クローネンバーグは、人間が怪物に変化する瞬間や人間の中に潜む怪物的なものを描いてきた監督です。今回は人間の進化がテーマになっていますが、進化そのものには基本的に目的はなく、役に立たない事象も起こりうるわけです。そうしたところを描いているのが、すごくクローネンバーグらしいなぁと感じますね」

 見せ場となる公開手術シーンだが、グロテスクになりすぎていない点も特記される。

渡邉「手術をすれば大量の血が流れるはずですが、クローネンバーグ監督は血を流すと観客の注意が削がれてしまうので、手術シーンはほとんど血を見せずに描いています。クローネンバーグ流の美意識でしょうね。これまで撮ってきた作品とつながっている点も、面白いと思います。双子の外科医を主人公にした『戦慄の絆』(88)に『美人コンテストがあるなら、体内の美人コンテストがあってもいい』という台詞があるんですが、今回はちゃんと『内なる美コンテスト』が開催されているんです(笑)」