木原疑惑を押しのけて堂々の第1位を勝ち取ったのは、慶応大学の将来の学長といわれる教授の公金詐取疑惑である。私が早稲田出身で慶応嫌いだからというわけではないが、これがもし事実だったら、福沢諭吉は嘆くだろうな。

 慶応大学の学長候補に公的研究費38億円を詐取した疑惑があると文春が追及している。告発者は千野直一慶応大学名誉教授。彼は慶応大学医学部リハビリテーション医学教室の初代教授を務め、日本リハビリ医学会理事長などの要職を歴任した重鎮であるという。

 疑惑の目が向けられているのは牛場潤一慶応大学理工学部教授。彼が社長を務める株式会社ライフスケイプスが公金を得ながら開発にいそしんでいるのが、「BMI治療器」と呼ばれるリハビリ機器だそうだ。これは脳卒中で重度片麻痺をきたした慢性期の患者の手指の伸展を回復させるというものらしい。

「BMIはブレイン・マシン・インターフェイスの略称で、牛場君らはBMI治療器の研究開発のためと称して、これまでに少なくとも26億円にも上る多額の研究費を得てきました。ところが、BMI 治療器は以前、私がその研究開発を巡る不正を告発し、調査員委員会まで立ち上げられた、疑惑まみれのリハビリ機器なのです。にもかかわらず、牛場君らは手を変え品を変え、さも完成間近のように何度も偽っては、研究費を獲得し続けてきました」(千野名誉教授)

 疑念を深めていった千野名誉教授らは、研究不正の証拠を掴んだという。BMI治療器の有効性を確かめる認証試験で、被験者らに「ボトックス」が施注されていた事実が明らかになったというのだ。

「ボトックスは『A型ボツリヌス毒素製剤』の薬剤商品名で、手指の屈曲筋にこれを注射すると、屈曲筋の痙攣が緩むことによって、手指の伸展筋の活動が改善される。つまり、牛場氏らがBMI治療器の効果として論文発表していた試験結果は、ボトックス注射の効果をすり替えたものだったのではないか、との疑惑が浮上してきたのである」(文春)

 しかし、19年3月と20年7月の2回にわたって国の関係機関に提出された調査報告書で、慶応コンプライアンス委員会は合計12名の被験者にボトックスが施注されていた事実を認め、告発の対象となった論文には「薬物療法は実施していない」と明記されているにもかかわらず、である。加えて、いずれの調査報告書にも、BMI 治療器の臨床試験におけるボトックスの使用はきわめて不適切であり、試験結果に影響を与えたと考えるのが妥当であるとの、識者の意見も付記されていたというのである。

 ところが、調査報告書の結論は、なぜか「ボトックス使用の影響は非常に限定的であり、重大な倫理指針不適合はなく、特定不正行為に該当する行為もなかったものと判断する」などとして、一連の疑惑を不問に付してしまったという。しかし、治療器の製造や販売を目指していたパナソニック社も手を引いてしまった。だが、

「先に指摘した総額二十億円を超える公的研究費は里宇君(慶応リハ科の第二教授=筆者注)を代表者として申請されたものでしたが、十九年四月、今度は看板を里宇君から別の有名教授にかけ替える形で、AMED日本医療研究開発機構)から最大約三十八億円にも上る新たな公的研究費の拠出が決定されたのです」

 その有名教授が、慶應義塾を創立した福沢諭吉の縁戚者で、慶応の未来の学長候補といわれる牛場だったというのである。もしこの告発が事実だとしたら、我々の血税が湯水のように注ぎ込まれていることになる。慶応大学は至急、会見を開き説明する必要があるはずだ。

 千野名誉教授はこういう。

「正当な研究に対して拠出されるべき公的研究費が、不正が疑われる研究によって奪われることは許されません。昨今、各地で起きている研究者の雇い止めのニュースを聞くたびに、私は牛場君らに対する激しい怒りを新たにしています。このような事態を一掃するためにも、研究不正を調査して厳正に取り締まる第三者委員会を早急に立ち上げる必要があると、私は痛感しています」

 慶応よ、おまえもか、となるのか。(文中敬称略)