現場を知る捜査官の視点から描いたドキュメンタリー
本作を撮ったのは山本兵衛監督。ニューヨーク大学で映画制作について学んだ山本監督は、世界的な大企業・オリンパス社で起きた不祥事を題材にしたドキュメンタリー映画『サムライと愚か者 オリンパス事件の全貌』(18)で劇場デビューを果たした。Netflixドキュメンタリー『逃亡者 カルロス・ゴーン 数奇な人生』(22)ではプロデューサーを務めており、日本と異文化との軋轢をテーマにした作品で注目されている。山本監督に、企画の経緯やルーシー・ブラックマン事件の特異性について語ってもらった。
山本「事件当時の僕は、まだニューヨーク大学の学生でした。夏休みで日本に戻っていたこともあり、ルーシーさんの父親であるティムさんが連日のように日本のマスコミに出ていたことが印象に残っています。その後、事件について強く関心を持つようになったのは、2015年に日本語版が発売された『黒い迷宮──ルーシー・ブラックマン事件15年目の真実』(早川書房)を読んでからです。英国人ジャーナリストが書いたノンフィクションで、事件の全体像をようやく知ることができたんです」
英国紙「タイムズ」の東京支局長リチャード・ロイド・パリー氏が執筆した『黒い迷宮』は、ルーシーさんの生い立ちから始まって、事件の詳細を記述した内容となっている。
山本「ルーシーさん一家の視点が中心となっていたので、『黒い迷宮』を読んだときはドキュメンタリーではなく、劇映画にしたほうがいいだろうなと思いました。でも調べてみると、すでにメジャー系の映画会社が権利を持っていると分かったんです。そんなときに出会ったのが、2013年に刊行された髙尾昌司さんの『刑事たちの挽歌』でした。こちらは捜査官たちの視点で描いたもの。『黒い迷宮』では日本の警察側の内情はあまり語られていなかったこともあり、当時の捜査官たちがこちらの取材に応じてくれたら、『黒い迷宮』とは違った視点での見応えのあるドキュメンタリーになるなと思ったんです」